第4話 不穏

俺は今とても緊張している。なぜなら、今日が仕事再開の日であり、美雪との同棲生活を始める日だからだ。昔から緊張するタイプではなかったんだが、さすがに5年ぶりとなると足がすくむ。今日を仕事再開の日にしたのは、美雪が主演を務める映画の撮影開始に合わせるためだ。美雪は他の仕事もあったりして予定が立て込んでいるので、必然的に俺も忙しくなる。

「ういっす。」

俺は美雪と同棲するアパートに行った。そこにはもう美雪がいた。

「ちょっと!初日から遅刻って仕事舐めてるの!?」

「5年も働いてなかったからいろいろ感覚がバグってるもんでね。」

美雪が、やっぱ舐めてるでしょ、というような目で俺を睨んでくる。

「まぁいいや。マネージャーさんもう迎えに来てくれてるから急ご。」

俺と美雪は車に乗り、撮影会場に向かう。

「そういえば、なんて名前の映画なの?けっこう有名なやつなんだろ?」

「言ってなかったっけ?リターンフレンドってやつだよ。」

「それ、本条優さんの人気小説じゃん。」

『 リターンフレンド』は日本の小説の中で1、2を争う人気作だ。

「そうそう。だいぶ前に映画化が決まって私のとこに話がきたってわけ。」

『 リターンフレンド』の主演となると相当注目されることになるだろう。

「すっかり大女優様だな。」

「まぁね。どんどん褒めてくれてかまわないよ。」

「誰が褒めるかよ。」

「もぉ。素直じゃないんだから。」

「別にいいだろ。ほら、降りるぞ。」

俺らはマネージャーさんにお礼を言い、車を降りて撮影会場に入った。

「今日から撮影でお世話になります。杉下美雪です。よろしくお願いします!」

美雪はスタッフさんたちに元気よくあいさつをした。

「君が主演の子か。監督の本条優です。よろしくね。それで君は…」

優さんは俺の方を見て首をかしげる。

「あぁ。美雪さんの専属SPをやっています。森下純也です。基本は撮影の邪魔にならないように端とかにいるので、何かあれば教えてください。」

「へぇ。美雪ちゃんも専属SPを雇ったのか。せっかくだし、ゆっくり見学してってよね。」

優さんは人柄の良い人だと聞いていたが、ほんとうにその通りだ。雰囲気からも優しさが伝わってくる。俺は椅子に座って撮影を見させてもらうことにした。

「よし。みんな集まったし、シーン1から順番に撮ってくよ。出演者はスタンバイお願いね。」

優さんの掛け声でみんな各々の配置につく。この物語のあらすじはこうだ。主人公の高校生の少年とその幼なじみの同級生の少女が恋に落ちる。だが、日々の学校生活でいじめを受けていた少女は精神的に追い詰められ、自殺をしてしまう。1人残された少年は、少女がずっと言っていた、「合唱祭で優勝したい。」という願いを叶えるため、クラスを導き、見事優勝を果たすという、よくあるお涙頂戴物語だ。しかし、所々で見せる作者特有の表現が注目を集め、人気度を高めていった。撮影は順調に進み、途中休憩に入った。

「楽しんでくれてるかな?」

優さんが俺に話しかけてきた。

「えぇ。普段あまりこういう裏側をみることがないのでおもしろいです。」

昔SPをやっていた時は仕事に必死でこんなゆっくり撮影風景を見ることはなかったので、なんか新鮮な感じがする。

「この物語って小説だからこそ出せていた魅力が強いので、演技で表現するのは難しいって思ってたんですよ。」

「ほぉ。」

優さんが興味深そうに身を乗り出してきた。

「でも、どの役者さんもちゃんと役を理解して原作通りに演じきっている。ほんとすごいです。」

そう言うと、優さんは急に笑いだした。

「何がおかしいんですか?」

「いやいや、ごめんね。やっぱり才能あるなと思って。」

才能?なんの話だろう。SPとしての才能ってことか?でも今の話とは関係ないし…

「どういう事ですか?」

「君にあった時からね、この子は演技の才能あるかもって思ったんだよね。」

「俺にですか?」

まだ優さんとはあいさつで少ししゃべったくらいしか接点がないのに、なんでそんなことがわかるのだろうか。

「長いことこの業界にいるとね、才能ある子の特徴がわかってくるんだよ。君は優れた観察眼をもってる。それはこの業界では大きな武器になる。」

「だからって役者になるつもりはありませんよ。」

そもそも俺は美雪の専属SPだし、とてもじゃないが演技なんてしてる場合じゃない。

「別に役者やれって言ってるわけじゃないよ。でも、もしかしたら僕から仕事依頼したりするかも。」

「こないことを願います。」

「ははっ。ストレートだな。」

優さんは撮影に戻っていった。まさか俺に演技の才能があるなんてな。まぁ昔からドラマとかみるのは好きだったし、役者目指してる時だってあった。過去の話だし今は専属SPにやりがいを感じている。

撮影は再開後も滞りなく進み、今日の撮影を終えた。

「お疲れ。」

俺は戻ってきた美雪にタオルを渡した。

「ありがと。やっぱ主演となると出番多くて大変だよ。」

「ほんとに、よく人前で堂々とやれるもんだ。」

「まぁそういうのが好きで女優やってるんだし。それより、私の演技どうだった?」

美雪は目をキラキラさせながら聞いてきた。褒めて欲しい気持ちを隠しきれてない。

「うーん。まぁまぁって感じ?」

俺はわざと言葉を濁した。

「うわっ。辛口タイプだ。」

「最初から100点満点でもおもしろくないだろ。」

「それもそうだね。」

その後しばらく2人何も喋らず隣どうしで座っていた。美雪とはこういう無言の状態になっても気まづくないから一緒にいやすい。

そんな事を考えていた時、入口のドアが勢いよく開いた。

「大変です!廊下に拳銃らしきものと不審な手紙が落ちています!」

「!?」

拳銃?なぜここに?よくわからないが、警備の人間は今は俺しかいないので、俺が見に行くしかない。

「どこですか?」

俺はスタッフが指さす方を見た。そこにはスタッフの言う通り拳銃と手紙らしきものが置かれていた。見慣れない拳銃だ。おそらく個人で作ったものだろう。近づいた時、その拳銃に刻まれていた文字を見て俺は目を見張った。

「FOX」

「なんですか?」

「いや…」

FOXというのは、真美さんを殺したとされる犯罪組織だ。手紙を開いてみるとそこには、「さぁ物語の始まりだ」と書かれていた。始まり…。あまりに情報が少なすぎるが、おそらく標的は美雪だろう。なぜ今さら美雪を狙いだした?まさか俺がSPになったのを嗅ぎつけたか?いろいろ嫌な想像が働くが、とにかく今は調査が最優先だ。

「ただのいたずらでしょう。これは俺が警察に届けておくので、他の皆さんには解決したとお伝えください。」

そう言って、とりあえず一段落ついた。俺は美雪とアパートに戻る。

「拳銃のやつほんとうに大丈夫だったの?」

美雪が心配そうな顔で聞いてくる。ほんとうに感が鋭い。

「心配するな。ただのいたずらだ。それに俺もいる。」

とは言ったものの、FOXの動機がよくわからない。あいつらはこういう回りくどいことを嫌う集団だ。これはまためんどくさいことになりそうだ。






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