第2話 決断
「いつものお願い。」
バーに入りカウンター席に座った俺は、マスターに注文を済ませた。ここはよく1人で来るので、マスターも俺が何を注文するかわかりきっている。
「浮かない顔してるな。何かあったか。」
マスターが注文した酒を持って話しかけてきた。さすが勘が鋭い。この人は俺の過去を知っている数少ない人物だ。
「実は今日久しぶりに美雪に会ったんだけど、専属SPをやってくれないかって頼まれたんだよね。」
俺は正直にしゃべった。この人はいつも俺の相談にのってくれる。あの事件の時もだいぶ助けられた。
「なるほどねぇ。それならそんな顔してるのも納得だ。それで、返事はしたのか?」
「まだしてない。」
マスターは、だろうな、という表情をみせた。
「それなら悩むことないじゃねぇか。お前もそろそろ職につかなきゃやばい頃だし、いい機会だ。受けてやれよ。」
マスターは、それが当然だろ?というような口調でそう言ってきた。
「そんな簡単な話でもないだろ。」
「お前が勝手に難しくしてんだろ。真美さんのことで自信を無くし、美雪ちゃんまで同じ事になっちゃうんじゃないかって怖くなる気持ちはよくわかる。けどそうやってビビってたらいつまでたっても成長できない。」
「そんなこと言われたって…」
あれほどのことがあって、はいもうしょうがない切り替えましょってわけにはいかない。
「美雪ちゃんは今、過去と向き合ってる。お母さんの死を受け入れ、先に進もうともがいている。けど、25歳の女の子には重すぎる話だ。誰かが一緒に背負ってあげないと美雪ちゃんがもたない。」
たしかにマスターの言ってることは正しい。美雪はとても大きなものと闘っている。本人は平然と振舞っているが、きっと相当しんどいに違いない。ずっとそばにいてあげられる人が必要だ。でも、それでも、
「それは俺じゃだめなんだ。」
「真美さんを守れなかったからか?」
俺は黙って頷いた。
「じゃあなおさらお前はやらなきゃいけない。今度は守り抜け。」
その言葉は、俺の心に深く刺さった。よく考えたら、今まで俺が言っていたことは全部言い訳だ。責任から逃げるためにそれっぽいことを言っていただけだ。そう気づいた時、自分の未熟さにどうしようもなく腹が立った。1番辛いであろう美雪が過去を乗り越えようと頑張っているのに、助けない理由があるだろうか。
「ありがとうマスター。ようやく答えにたどり着いた。」
「わかったならいいんだよ。」
マスターは食器を片付けながらボソッとそう言ったが、俺にははっきりと聞こえた。
「明日の夜さ、9時くらいからここ貸し切ってもらってもいい?」
「別にいいけど、何すんだ?」
「マスターに相談してだいたい自分の中で答えをだせたけど、まだ迷ってるところもある。だから、1回美雪と話をしたいんだ。」
マスターは一瞬びっくりしたようすだったが、その後クスッと笑った。
「全く。めんどくさいヤツだ。」
~
次の日の夜、俺は美雪とバーにいた。
「わざわざ呼び出してごめんな。」
「私から頼んでることだし、当然でしょ。」
マスターは邪魔にならないように奥の方にいたが、こっちにやってきた。
「初めましてだね。何飲みたい?」
「じゃあ、純也と同じやつで。」
少し考えてから、美雪はそう言った。
「無理に同じのにしなくたっていいんだぞ。」
「別に無理に合わせてるわけじゃないよ。」
とんでもない、という感じで美雪は首を大きく横にふる。
「まぁなんでもいいけど、そろそろ本題入るか。」
今日はただおしゃべりしに来たわけではない。美雪に聞かないといけないことがある。
「昨日の件なんだけど、返事を伝える前に聞きたいことがある。なんで美雪は俺に頼もうと思ったんだ?」
奥でマスターが、「聞くまでもないだろ」というような反応をしているが、気にしない。
「私が純也に頼んだ理由、か」
しばらく沈黙が続き、ようやく美雪が口を開いた。
「私は純也に頼むことしか考えてなかった。だってずっと一緒にいて守ってもらうんだよ?見ず知らずの人にそんなこと頼むのは嫌だし、純也は幼なじみだから100パーセント信頼できるし、そういう人に頼むべきだって思ったの。」
まぁなんとなく予想していた返答だった。
「真美さんのこともあるのにいいのかよ。」
俺は正直に聞いた。
「そりゃあ私だって、あんなことあってすぐに立ち直れたわけじゃない。でもさ、いつまでも下向いててもなんにもならないじゃん。」
「それはそうだけど…」
ほんとに、どこまでも前向きだな。俺が美雪の立場だったら、女優を目指す気になんかなれないだろうし、一生引きずるだろう。
「純也が何を気にしてるのかはわかんないけどさ、お互い変わる時なんだよ。」
変わる時、か。たしかにそうかもな。仕事を辞めてからの5年間、これまでの貯金でなんとかしのいできたがそれにも限界があるし、そろそろ仕事はしなきゃいけない。俺は中卒だから就職活動だって困難だろうし、美雪の専属SPになるというのは俺にとってもメリットが大きい。
「わかった。専属SP、引き受けるよ。」
俺はまっすぐ美雪を見て言った。
「純也ならそう言ってくれると思ってたよ。」
マスターも、それでいい、というような顔をしている。
「ただ、俺は5年間のブランクあるし、期待すんなよ。」
「うわ、保険かけてる。ダサ。」
「お前なぁ」
美雪にからかわれるなんていつ以来だろう。
「ふふっ。うそうそ。ほんと冗談通じないから困るよォ」
「うるせぇ。そんなことより、そろそろ帰らなくていいのかよ。明日も仕事あんだろ。」
「あれ?私明日撮影あるって言ったっけ?」
「ストーリーにあげてただろうが。」
美雪はけっこう頻繁にストーリーをあげている。
「へぇー。ちゃんとみてくれてるんだ。」
美雪は嬉しそうにそう言うと、「じゃあ帰るね。」と言って店を去った。
「断ったらひっぱたこうかと思ってたけど、頑張ったな。」
奥にいたマスターがいつの間にかすぐそこに来ていた。
「まぁあんだけ信頼されてるなら断る理由もない。」
問題は山積みだ。でも、やるしかない。今度こそ、最後まで守り抜いてみせる。俺はそう心に誓って店を後にした。
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