ジェードの物語
頼るつもりなんて微塵もなかった。この結婚によって貴女は徳を得ることになるでしょう、だなんて言われたら馬鹿にされているのだと受け取るのは道理ではないか。そんな相手を頼るのは屈辱以外の何者でもないだろう。
――それでも、私は。
魔除けが飾られた大きな門扉の前で解答を待つ。ここで断られたら行く場所などない。すべてを諦めて野垂れ死ぬ覚悟をする。
ゆっくりと扉が開かれる。そこに立つのは、私が婚約を無効にしてやった相手だ。彼が直々に出てくるとは思わなかった。
「ここに辿り着けたのは幸運でしたね。貴女が邪悪なものであれば、ここに立つことさえできなかったことでしょう」
「あら、お生憎様ね。あなたの隣に並び立つ資格を今でも有していたようでなによりですわ」
売り言葉に買い言葉。やはり彼に頼むのは私の矜持が許さない。
私が睨みつけると、彼は困ったように微笑んだ。
「足が震えていますよ。私を頼らねばならない事態に陥ったのは、我が家の加護を蹴ったからでもございましょう?」
「こうなるように裏で手を回しているんじゃなくって?」
「本当にそうお考えなら、私を頼ったりなどしないでしょう。貴女は賢い女性ですから」
「…………」
膨れて顔をそむけた私の頬を、彼の大きな手が撫でる。
「賢明な判断ですよ。とはいえ……はじめから素直に身を委ねていればよかったものを」
私を片腕に抱き止め、もう片方の手で空を切る。私を追って来ていた魔性の者たちが霧散したのが見えた。
――やはり強い!
「では、早速夫婦の契りを交わしましょうか。未来永劫の繁栄を約束しますよ」
彼が私の顔を覗く。冗談を言っている様子はない。
「いやいや、お待ちください。こんなぼろぼろの姿ですし、神通力を使った御身もお疲れでございましょう⁉︎」
「おや、私ははじめからそうするつもりで、結婚を申し込んだのですよ?」
問答無用とばかりに横抱きにされてしまう。恥ずかしい気持ちが溢れて身体が熱い。
「自分で歩けます!」
「私を頼る選択をしてくださったことが嬉しいのです。歩けるなどと偽らず、私に任せてください」
「あなたを頼ったことを後悔しはじめていますが?」
「素直じゃありませんね」
その彼の言葉に棘を感じないのが、当時の私は心底不思議だった。
《終わり》
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ジェード(翡翠)の宝石言葉
【徳を得る】【魔除け】【幸運】【繁栄】
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