第二十七話 ストーキングと商店街の一幕

 清水のメイクアップで、まるで別人のようになった陸は、文句を言いながらステップを踏んでいる。


 帽子を目深にかぶり、マスクを付けた陸は、さながらラッパーやダンサーになりきっていた。しかし本人にはリズム感もダンスの心得もなく、傍目から見ればひどい有様だ


 奇っ怪なダンスと謎のフレーズを繰り返す姿は不審者としか言いようがなく、周囲から距離を置かれているのだが、なりきることに夢中で本人は気づいてすらいない。


 ガチャン


「いってきまーす」


 ターゲットである楓が『Bruggeブルージュ喫茶』から出てきたことで、陸は正気に戻った。


 しかし正気に戻ったと言っても、変身した自分への酔いは冷めておらず、奇行はとどまるところを知らない。


「へい、よぉー!」

  

 陸は楓の後をついていく。ドジョウのようにウネウネと踊り、壊れたラジオのように言葉の体をなさないフレーズを叫び続けながら。


 そのはるか後ろの電柱に隠れていた清水は、頭を抱えるのにも疲れて、さっさと匙を投げた。


 そんな一幕も露知らず、陸達は商店街に入った。


 そこはジム体験入会の帰りに通って、老人たちにモチクチャにされた場所だ。 


(相変わらず廃れてるなぁ)


 ほとんどの店のシャッターが下ろされており、酷いところでは錆だらけになっている。歩行者は老人が数人だけで、『活気』の『か』の文字も感じられない。


 陸の親が子供の時代には町のメインストリートだったのだが、今は見る影もない。百貨店やスーパーとの競争に負けてしまったからだ。


 今も生き残っている店は、地元の企業や学校などと提携しているところだけだ。


 そんな閑散な商店街でも、年に一度だけ人だかりができるのが、夏祭りである。その中で行われるメインインベントの一つが、楓が出場することになっているのど自慢大会だ。


(商店街になんの用があるんだ?)


 一介の女子中学生が商店街に向かう理由がわからず、陸は訝しんだ。

 

 しばらく歩いていると、ある店の前で楓が足を止めた


(電気屋?)


 そこはレトロ感の残る電気屋だった。電気屋と言っても家電量販店のように大きな店ではなく、あくまで個人商店の規模感だ。置いている品数は大手のそれとは比較にすらならない。それでも続けられているのは、一部の常連と、訪問での修理などを行っているからだ。


 楓は迷うことなく電気屋に入っていく。


 店内から漏れ聞こえる声から、店主と楓の仲が悪くないことはわかる。


(店内、見たいのに……!)


 ショーウィンドウを通して見えるようになっているのだが、店内には洗濯機や冷蔵庫、商品棚が所せましと陳列されており、うまく視線を通せない。


 ゴキブリのように動き回り、ようやく見えやすい位置を見つけて、ガラスに顔を押し付けながら凝視し始めた。


 楓はレジ前で店主らしい老人男性と話していた。


 店主は温厚そうな顔立ちをしており、目尻に刻まれた笑い皺が目を惹く。楓と店主は何かを話しているが、陸の耳には届かない。


 ひとしきり話し終えたのか、楓は慣れた動きで丸椅子に座る店主の後ろに回り、肩を揉み始めた。


(なんで……?)


 肩を揉み始めた瞬間を目撃し、陸は混乱していた。

 理由は二つ。一つ目は肩を揉み始めた理由がわからないから。

 二つ目は、肩を揉まれた店主の表情だった。まるで天使のお迎えを目撃したがごとく、恍惚の表情を浮かべていた。


(肩たたきでそうなる?)


 マッサージしていた時間は十分にも満たなかっただろう。


 店主は骨抜きになり、スヤスヤと寝息をかいており、楓はブランケットをかけてから電気屋を後にした。


 その次は本屋。棚の整理を手伝っていた。


 その次は金物屋。目薬を差すのを手伝っていた。


 その次は食堂。皿洗いを手伝っていた。


 その次は魚屋。商品の整理を手伝っていた。


 その他複数の店を巡り、もれなく報酬としてお菓子を受け取っていた。


 今開いている店をすべて巡り、ショルダーバックはお菓子でパンパンだ。


(何をしたいんだ?) 


 一連の行動は、陸からみると意味不明の一言だった。商店街を回って、軽く手伝いをして、お菓子をもらう、を繰り返している。しかも喫茶店に住んでいる少女が、だ。


(どんだけお菓子が好きなんだ?)


 陸は思考に夢中になっており、周囲を全く警戒していなかった。そんな折に――


「なんだぁ、おめえ?」


 突然、背後から突然老人に声を掛けられて、驚きのあまり


「プチョヘンザ!」と叫んで威嚇したのだった。

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