第7話 連絡は毎日。返信は5分以内。当然だよね?
それから、僕たちはスーパーでバナナやスポーツドリンクを購入して、家の前までやってくる。
家の前に来たことで、僕はふと今朝のことを思い出す。
(そういえば、どうして重叶さんは僕の家を知っていたんだろう)
重叶さんは「彼女なんだから当然」と言っていたが、普通、他人の家の住所を把握しているのはおかしいと思う。
疑問に思った僕は、彼女に直接訊いてみることにした。
「重叶さんは今朝、家の前で僕を待っていたよね。僕は家の住所を教えてないと思うんだけど、どうしてここが僕の家だって知っていたの?」
僕が訊ねた瞬間、重叶さんは表情に翳りを見せた。
「……それは、どういう意図でそういう質問をしているのかな?」
「え……?」
単純に疑問だったから訊いただけなのだが、彼女を怒らせてしまっただろうか?
「私の返答次第で、相生くんは私に対する評価を覆す?」
「いや、そんなことは……」
「本当に? ないって言い切れる? 私に失望したり、別れ話を切り出したりはしない?」
「ど、どうしたの重叶さん。僕、怒らせるようなこと言ったかな?」
重叶さんの声がいつもより低い気がして、僕は不安に襲われる。
「怒ってないよ。ただ、不安なの。私は相生くんのことが好きだから、嫌われたくないの」
「…………」
不安そうな表情で僕を見つめてくる重叶さん。彼女を不安にさせるなんて、彼氏失格だ。
僕は自分への戒めを込めて、自分の頬を引っ叩く。
「重叶さん、ごめん。僕は君の彼氏なのに、君を不安にさせるようなことを言ってしまった。そんなのは、彼氏失格だ。こんな不甲斐ない僕を、許してほしい」
「不甲斐なくなんてないよ。ただ、私は不安で……」
「大丈夫。僕は重叶さんに失望したり、別れ話を切り出したりはしない。だから、そんな不安そうな顔はしないで」
「相生くん……」
「重叶さん……」
僕らは見つめ合い、二人だけの世界を作り出す。
今の僕たちを邪魔できる人なんていない。いや、邪魔させない。
そうだ。やり直すなら、きっと今だろう。
「重叶さん、好きだ」
僕は彼女の肩を掴んで、顔を近づけていく。
「私も、好き」
重叶さんも僕がやろうとしていることを察したようで、ゆっくりと目を閉じる。
――そうして、僕は彼女に口づけする。
しばらく二人の世界を堪能した後、僕たちは唇を離す。
「また今度ちゃんとやろって言ったけど、すぐだったね」
「まさか僕も、こんなに早く二度目のキスをするとは思ってなかったよ」
「ふふ。しかも、今回は相生くんからしてくれたね。嬉しい」
「不安はなくなった?」
「うん。今は幸せな気持ちでいっぱい」
彼女が笑顔を見せてくれたので、僕は伝えるべきことを伝える。
「重叶さんは、僕ともっと仲良くなりたいって言ってくれたよね。その気持ちは僕も同じで、僕も重叶さんともっと仲良くなりたい。重叶さんのことを、もっと沢山知りたい。だから、隠さずにさっきの質問に答えて欲しいんだ。大丈夫。どんな答えでも、僕は君を嫌ったりしないから」
自分の素直な気持ちを伝えると、重叶さんはこくっと頷いた。
「――私が相生くんの家を知っていたのは、前に君を尾行したことがあるからだよ。その時に、家の場所を知ったの」
「………………(えぇえええええええええええええええええええええええええ!?)」
表情には出さなかったが、まさかの答えに僕は驚愕していた。
(僕、尾行されてたの!? なんで!? 尾行ってミステリーの世界くらいでしか聞いたことない言葉なんですけど!? 僕は事件の容疑者か何かだったの!?)
僕は一度コホンと咳払いして、頭を整理する時間を稼ぐ。
(精々、学校で僕の名簿を偶然見ちゃったとか、そういう答えだと思っていたのだけど……。尾行されてたのはまさか過ぎる!)
となると、気になるのはその目的だ。
「どうして僕のことを尾行していたの?」
「そんなの決まってるよ。私が相生くんのことを好きだから……」
もじもじと、頬を赤く染めながら可愛らしく呟く僕の彼女。まるで、理由はそれだけで充分だろうとでも言いたげだ。
「なるほどね(そうはならんやろ)」
一応納得した態度を見せつつも、頭の中はまだ混乱していた。
「好きな人のことを全て知りたいって思うのは当然のことだよね? 相生くんもさっき、私のことをもっと知りたいって言ってくれたし。あ、これ私の住所」
と、事前に用意していたのか、重叶さん宅の住所が書かれたメモ用紙を僕に渡してくる。この流れで受け取らないのは不自然なので、僕はそれを受け取る。
「ふふ。私の住所、相生くんに知られちゃった。夜這いされちゃうかな?」
(これは冗談なのかな? それとも、本当にしてほしいのかな?)
僕の頭に様々な疑問符が浮かぶ。
「あ、そうだそうだ! そういえば私たち、まだ連絡先の交換してなかったよね? LINEとインスタとツイッターとディスコと電話番号とメアドの交換しない?」
「え……(ほぼ全てのSNSで繋がろうとしている……だと?)」
こういうのって普通、LINEを交換するくらいに留めるものじゃないのか?
というか、ほぼ全てのSNSでお互いを知る意味ってあるのだろうか。どうせLINEくらいでしか連絡取らないのでは?
「それ、全部交換する必要あるの?」
「え、あると思うけど。だって恋人だよね?」
「うーん?(だって恋人だよね? それ理由になってるのか!?)」
「ほら、相生くん。早くスマホ出して」
「うん、わかったよ」
流されるまま、僕はスマホを取り出す。
「あ、私が交換してあげるから、スマホ貸して!」
「え、うん……」
そのままスマホを重叶さんに渡すと、彼女は自分のスマホと僕のスマホを交互に弄っていた。
その間に、僕は思考する。
(なんだか、この恋人関係に少し違和感がある。普通、恋人ってこういうものなのかな?)
多少の違和感を覚えるものの、それを言葉にして明確に言い表すことは難しい。
――しかし、その違和感の中にも、確かなことが一つだけある。
(僕は重叶さんに、溺愛されているってことだ)
そう考えると、悪い気はしなかった。
「へえ、相生くんって家族以外の女性の連絡先一件も持ってないんだね。インスタやツイッター、ディスコでも女性の影は皆無だね。ますます好き。相生くん、好き」
「よくわからないけど、ありがとう」
「ふふ。あ、そうだ。連絡先交換したし、これからは毎日連絡取りあおうね。基本はLINEで連絡するから、五分以内に返信してね。しばらく返信出来そうにない時は、そのことをLINEで言ってくれればいいから。あ、でもどうして返信出来ないのかはちゃんと理由話してね。不安になっちゃうから」
「わかった」
毎日LINEで連絡か……。本格的に恋人っぽくなってきたな。
「グーグルマップで常にお互いの位置情報を共有できるようにしておいたから、GPSは絶対切らないでね。お互いの場所がわからないと不安だから」
「不安になるのはよくないね。不安になりそうな要素は出来るだけ払拭しておいてほしい」
「ありがと。……じゃあ、少し訊いてもいいかな?」
「うん。なに?」
僕が問い返すと、重叶さんは二台のスマホを握り締め、か細い声で言った。
「――私、今結構攻めた行動したんだけど、今の私って、キモくないかな?」
再び不安そうな表情をする重叶さん。僕はその顔をさせたくないと思い、彼女の言葉にすぐさま返答する。
「全然キモくない。むしろ、僕はめちゃくちゃ愛されてるなって感じて嬉しい」
僕がそう答えた瞬間、彼女の表情は一気に明るくなる。
「相生くん大好き‼ 一生好き‼」
ぎゅっーと、彼女は僕に抱き着いてくる。
「夢みたい。ホント夢みたい! 絶対に、あなたは私の運命の人だよ‼」
「嬉しいけど、めちゃくちゃ照れるな……」
「可愛いぃいいいいいいいいいい。愛してる愛してる愛してる!」
重叶さんは、今までで一番興奮しているように見えた。
「あなたに出会えて良かった……。絶対手放さないから。でも浮気したら殺す」
「浮気なんてするわけないよ。それは重叶さんを裏切る行為だ」
「大好き‼」
重叶さんは僕を抱き締める力をさらに強くした。
(胸当たってるんだよなぁ……。まあ、これは役得か)
「このままくっついていてもいい?」
「大歓迎だけど、流石に動きにくいかも」
「あ、ごめん。じゃあ、動けるように腕にくっついておくね」
「それだと助かるよ」
そう言って、重叶さんはまず僕にスマホを返してくる。それから、僕の右腕に自分の両腕を絡め、ついでに胸も押し付けてくる。
(これもわざと当ててるってことか)
それはわかっていても、やはり胸の感触はどうしても意識してしまう。
「外で長話し過ぎたね。そろそろ家に入ろうか。姫奈も待ってるだろうし」
「わかった。妹さんに会うの楽しみだな♪」
「一応、今朝会ったよね?」
「でも、あの時はちゃんとお話出来なかったから」
そんな雑談を交わしながら、僕は家の鍵を取り出して、玄関を開ける。
そのまま僕が中へ入ろうとすると、
「ごめん、ちょっと待って!」
重叶さんはそう言うと、一度僕から離れて、鞄から手鏡を取り出した。そして、何故か急に前髪を整え始める。
「どうしたの? 急に前髪気にして」
「だ、だって、相生くんの家だよ!? 妹さんだけじゃなくて、親御さんにも会うかも……」
なるほど。僕の親に会うかもしれないと考え、前髪を整えていたわけか。
「それなら心配しなくて大丈夫だよ。うちの両親共働きで、二人とも夜まで帰ってこないから。遠慮せず入ってよ」
両親は不在であることを伝え、僕は家の中へ足を踏み入れる。
「ただいま~」
「お邪魔します……」
まだ若干緊張が抜けていない様子の重叶さんは、恐る恐る家に入ってくる。
「ここが相生くんの家……」
どこか感慨深げに、彼女は辺りを見渡していた。玄関で靴を脱いだ後、二人で姫奈の部屋へと向かう。
部屋の前に着き、僕は扉をノックする。
「姫奈、入るぞ」
「お、お兄ちゃん!? 帰ってきたの!? ちょ、ちょっと待って‼」
部屋の中から姫奈の慌てた声が聞こえてくる。彼女の指示通り部屋の外で待っている間、室内からはドタバタと激しく動き回るような音が鳴り響いていた。
「中で何が起こってるの……?」
「さ、さあ……」
しばらくすると音は鳴り止み、ガチャリと扉が開かれる。
「お兄ちゃんおかえり! 今朝はごめんなさ――」
最初は明るい笑顔を見せていた姫奈の表情が、僕と重叶さんの姿を確認した途端、無表情に変わる。
「え……なんで……」
「姫奈ちゃん、こんにちは! お見舞いに来たよ!」
重叶さんは今朝の出来事がなかったかのように、明るい声で挨拶をする。恐らくそれは、彼女なりの配慮だろう。明るく振る舞うことで、今朝のことは気にしていないと、姫奈に暗に伝えているのだ。
「うっ……吐き気が……」
姫奈は青ざめた表情で口許を押さえ、僕たちの間を通り抜けてトイレへ走った。
「うぷっ……ぉ……おぇえええええええええええええ」
トイレの方から、姫奈のリバースする音が聞こえてきた。
「もしかして、私のせい……?」
不安げな表情で、重叶さんが呟いた。
「これは重症だな……」
重叶さんを見ただけで吐き気を催してしまうほど、姫奈は僕に恋人が出来たことが受け入れられないらしい。
「ちょっと僕、姫奈のとこ行ってくる。あ、重叶さんは良かったら僕の部屋でくつろいでてよ」
そう言って、僕は重叶さんを部屋に案内し、中へ招き入れる。
「え、え!? 相生くんの部屋にいていいの!?」
「うん。僕は姫奈の介抱してくるから」
恐らく今は、重叶さんと姫奈を鉢合わせない方がいい。そう思い、僕は一人でトイレに向かった。
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