第1話 ずっと君に見られてる

 最近、妙に視線を感じる。


 四月から高校生になった僕、相生あいおいのぞむは、ここ最近隣人から向けられる熱~い視線に悩まされていた。


(僕に何か用でもあるのか?)


 僕は窓際の一番後ろの席、いわゆる主人公席なんて言われている席に座っている。そんな僕の右隣に座るとある女子から、ここ最近僕は熱い視線を送られ続けている。


 隣に座る彼女の名は、重叶おもかの愛純あすみ


 僕は彼女の姿を、チラリと横目で盗み見る。


 背中まで伸びた綺麗な黒髪が、太陽の陽射しで艶やかに輝いている。目鼻立ちは整っており、誰が見ても彼女を美少女だと評価するだろう。


 まだ高校生であるにも関わらず彼女はとても大人びて見えて、僕みたいな凡人が簡単に話しかけることは出来そうもない。


 一瞬だけ横目で盗み見るつもりが、彼女のあまりの美しさに僕は動きを止めて、見惚れてしまった。


 そんな失態を犯してしまったせいで、僕に熱い視線を向けていた彼女とばっちり目が合ってしまった。


 僕を見つめていた彼女の切れ長な目が大きく見開かれる。


「あ……」


 僕の口から情けない声が漏れる。


「えへっ」


 彼女はニコッと天使のように微笑むと、ひらひらと右手を振ってきた。


 その笑顔は、僕が抱いていた彼女のイメージとはかけ離れていて、少し戸惑ってしまった。


「あはは……」


 彼女に合わせるように、僕はぎこちない笑顔を浮かべながら手を振り返した。


「なんだかぼっーとしてたみたいだけど、大丈夫?」


「え……?」


 意外なことに、彼女の方から僕に話しかけてきた。


 今まで熱い視線を送られることはあれど、話しかけられるということはなかった。


 だからこそ、僕は話しかけられたことに驚き、反応が遅れてしまった。


「あー、えっと……」


 指先で頬をかきながら、なんと答えるべきか思案する。


(君の熱~い視線に悩まされていたなんて言えるわけないしな……)


 正直聞いてみたい気持ちはあるが、万が一、その視線が勘違いだった時のことを考えると聞くに聞けない。


 もしも全て勘違いだった場合、その瞬間僕は社会的に死ぬことになってしまうだろう。


『はぁ!? あんたのことなんか全く見てないんですけど!? 自意識過剰キモすぎ‼』


 なんて言われてしまったら、僕は翌日から不登校にならざるを得ない。


(いや、でも明らかに僕のこと見てるよな……?)


 流石に、勘違いではないと思うのだが……。そう思いつつも、僕が彼女にそれを直接訊ねることは出来なかった。


「何か悩みごとでもあるの?」


 中々答えない僕に、彼女は問い詰めてくる。


(悩まされてるよ! 君の視線にね‼)


 こんなに悩むくらいなら、さっさと彼女に直接聞いてしまった方が良いのではないだろうか。その方が、僕の精神衛生上良い気がする。


「悩みはあるにはあるけど……」


 結局、かなり濁した言い方になってしまった。


「やっぱりそうなんだ。良かったら話聞くよ?」


 え、なんでただ隣の席ってだけの男子にそんなに優しいんですかこの子。


「いや、大丈夫。重叶おもかのさんに話すほどのことではないから……」


「そうなの? 私は相生あいおいくんのこと、もっと沢山知りたいんだけどな……」


「え?」


 ちょっとぉ!? それってどういう意味ですか重叶さんよぉ‼


 そんな意味深なこと言われたら、モテない男子高校生は全員漏れなく勘違いしちゃうよ? 発言には気を付けてね?


「それってどういう……意味?」


「ん? そのままの意味だよ?」


 キョトンとした表情で、重叶さんは首を傾げる。


 たったそれだけの仕草なのに、妙に色気があって、だけどあどけない可愛さもあって……。とにかく、並の男子ならそれだけで惚れてしまう破壊力がある。


 え、僕はどうかって? はは、危うく惚れちまうところだったぜ……。危ない危ない。


「そのままの意味って……」


「うーん。相生くんともっと仲良くなりたいってことだよ?」


「ぐはぁっ!?」


 その一言に、僕の心はノックアウトぉ‼ あっけなく撃ち抜かれてしまいました……。


「え、どうしたの!? 大丈夫!?」


 胸を押さえて項垂れる僕を見て、重叶さんが心配そうに声をかけてくれる。


「だ、ダイジョブ。ちょっと心を撃ち抜かれただけだから……」


「それ本当に大丈夫!?」


 と、彼女は僕の肩に手を伸ばして、ポンと優しく手を乗せてくる。


 さりげないボディータッチ! 僕じゃなきゃ見逃しちゃうね‼


「具合悪いなら遠慮なく言ってね? 保健室まで私が肩貸してあげるから」


「いや、本当にそんな大袈裟なやつじゃないから。ちょっとした冗談」


「ならいいけど……」


 重叶さんはまだ半信半疑という様子だったけど、とりあえず僕の肩に乗せていた手を離してくれる。


「大丈夫なら、ちゃんと授業受けなきゃダメだよ?」


 彼女は蠱惑的な笑みを浮かべて、ぼそっとそんなことを言う。


 そういえば今、授業中だった……。


 授業中にも関わらず、そこそこの声量で私語をしてしまった。


 幸い、先生と他のクラスメイトが大きい声でやり取りをしている最中だったため、僕たちの方に注目は集まっていなかったが。


 その後は私語を慎み、僕は真面目に授業に取り組む。


 しかし、その間も重叶さんからの視線が消えることはなかった。


(ちゃんと授業受けなきゃダメって言ってたけど、君の方こそちゃんと授業受けてないよね!? ずっと僕のこと見てるよね!?)


 そうツッコミたくて仕方なかったが、僕はそれをぐっと堪えて授業を受け続けた。

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