結婚式

 



「おいカール、お前いい加減身を固めろよ。王子なんだからさ~」


 カールは学生の頃から親友のルクスと久しぶりに会い、酒を酌み交わしていた。


 最初は真面目な世間話をしていたのだが、酔いが回ったのかルクスが恋バナで絡んでくる。

 既にサラという婚約者がいるが、伝えることができないカールはやんわりと躱していた。だが今日のルクスはやけにしつこく突っかかってくる。


「何言ってるんだよルクス。その台詞、そっくりそのままお前に返すよ」


「僕はな~、姉さんが結婚するまで結婚するつもりはないんだよ」


「まだそんな事言ってたのか……」


 ルクスがシスコンなのはとうに知っている。

 事あるごとに「僕の姉さんはかっこいい」「僕の姉さんは凄い」と姉自慢をしてくるからだ。


 ルクスも顔が良くて侯爵家の跡取り息子なのだから、カール程ではないが多くの令嬢達からモテている。だが彼は「姉が結婚するまで僕は結婚しない」という意味分からない理由だけで断っていた。


「そのお姉さまはいつ結婚するんだ? もう良い歳なんだろ?」


「良い歳どころかもう27だよ……」


「27か……」


 それは厳しいな……と口にはせず内心で思うカール。

 平民の女性が結婚する年齢は大体16~22あたりだ。貴族の場合はそれより早い。22を越えてしまえば焦り、25を越えれば結婚するのは中々難しいだろう。

 それを踏まえて27歳というのは、最早絶望的な状況だった。


「どいつもこいつも姉さんの魅力がわからないボンクラ共だよ。血が繋がってなかったら僕がもらっていたのにさ」


「おいおい……」


 馬鹿な事を言い出すルクスに苦笑いを浮かべる。

 ダンッとコップをテーブルに叩きつけるルクスは、ジト目でカールを睨むと、真面目なトーンで話しだした。


「なぁカール、お前が姉さんもらってくれないか」


「はぁ? 酔っぱらってるのかルクス、なんの冗談だよ」


「冗談でこんな事言わないさ。女好きで能天気と思いきや意外と小心者のお前には姉さんのような真面目でしっかりとした人が一番合うんだよ」


「……」


 ルクスとは長い付き合いだ。

 カールの表面的な部分だけではなく、裏の顔も知られている。普段は自由奔放に振る舞っているが、時々苦しくて誰かに助けて欲しいような顔をしていることを。


 しかしそれを知っていてもルクスは踏み込んでこないから、カール自身も助かっていた。


「それにさ、姉さんにもカールのような明るい奴が合うと思うんだ。今までの婚約者は、根暗で懐が小さい奴等ばっかりだったからね」


「……」


 ルクスの姉、マリンダの事情はルクスから大体知っている。

 三度も婚約を破棄されてしまい、それでもめげずに社交界に出ては結婚相手を探しているのだとか。


 カールからしてみれば、三度も婚約破棄されてよくめげないなと感心する。恐らくマリンダ以外の貴族令嬢であれば、二回目で結婚するのを諦めているだろう。


「数日後に社交界があるんだ。その日に姉さんを行かせるから、カールも会ってくれないか」


「いや……俺は……」


「一度会ってくれるだけでいいんだ。無理に結婚しろとは言わない。気に入らなかったら帰ればいい。頼む、この通りだ」


 頭を下げて頼んでくるルクスに、カールは大きくため息を吐くと、


「仕方ない、親友の頼みだ。一回だけ会ってみるよ」


「ありがとう!」


「ただし、期待はしてくれるなよ」


「大丈夫、カールもきっと姉さんを気に入るさ」



 ◇◆◇



「はぁ……社交界か」


 数日後、カールは社交界が開かれる貴族の屋敷を訪れていた。

 正直なところ、社交界は苦手である。出席したところでどうせおべっかされるだけだし、嘘八百の貴族の世界にはうんざりしてしまう。

 ルクスの頼みでなければ来なかっただろう。


 顔だけ出して、さっさと帰ろう。

 そう思って屋敷に入ろうとしたら、バンッと扉が開いて一人の女性が出てくる。

 その女性は俯きながら階段を下りていたのだが、足が躓いてしまう。


「きゃっ!」


「おっと!」


 女性が転んでしまう前に、カールが咄嗟に抱き留める。


「ご、ごめんなさい」


「謝ることはないさ。大丈夫かい……ってどうしたのさ、どこか痛いのかい?」


「えっ?」


「だって君、泣いているじゃないか」


 カールは女性の顎を持ち上げる。

 その顔を見て、カールは驚愕した。


(綺麗だ……)


 何故なら、その女性がとても美しかったからだ。

 泣き顔を見て美しいと思うのもアレだが、それに関係なく女性を美しいと思ってしまった。


 なんだろうか、この気持ちは。

 心臓が高鳴るというか、ビビーンときたというか。

 兎に角、カールは女性にときめいてしまったのだ。


「どうして……」


 何故泣いているのだろうか。

 貴女に涙は似合わない。笑っていて欲しい。

 そう思って、カールは女性の涙を指でそっと拭き取った。


「女性に涙は似合わないよ」


「――っ!?」


 しかし、女性に手を払い除けられてしまう。


「助けてくれたことは感謝致しますわ。ですが、淑女レディの顔に気安く触れるものではないですわよ」


 カールは唖然とした。

 これでも王子で、顔もイケていると自覚している。そんな自分は、今まで女性からキツい態度を取られたことがなかった。

 だから女性に叱られたことが凄く新鮮で、つい笑ってしまう。


「ぷっ、あははは!」


「し、失礼ですわね! 何がそんなにおかしいのかしら!?」


「いや、すまない。女性に手を払い除けられるなんて初めてでさ。つい面白くて」


 カールは気付いた。

 気高く、高貴で、美しい女性。

 この女性がルクスが言っていた姉……マリンダなのだと。


 確かにルクスの言う通りだ。

 自分は既に、この瞬間からマリンダに心惹かれてしまっている。

 外見もそうだが、なにより今まで会ったことがないタイプの内面に。


 だから、このまま帰ろうとしているマリンダの手を取って、共に社交界に行くのだ。

 マリンダという素敵で面白い女性を、もっとよく知る為に――。



 ◇◆◇



 雲一つない晴天の日。

 第三王子カール・シュバルディとマリンダ・バルクホルンの結婚式が執り行われる。


 式場は王都の大広場。

 王宮の中でも教会でもなくこの場所を選んだのはカールであった。


 式場の周りには多くのゲスト。

 ゼブラ王を初め王家の者達に、バルクホルン家一同。更にその周りには多くの貴族平民が囲っており、大いに賑わっていた。


「いやはや、まさか娘とカール王子が結婚するとは。これも縁でしょうか、陛下」


「おいオブライエン、今日ぐらい陛下はやめてくれ。学生の頃のようにフランクでいい」


「あっそう? じゃあお言葉に甘えて。なぁゼブラ、今どんな気持ち?」


「はは、お前は変わらんなぁ」


 マリンダの父オブライエンとゼブラ王は旧知の仲だ。

 実は二人は貴族学校からの親友で、学生の頃に一人の女性を奪い合った仲でもある。その女性とはオブライエンの妻であるイリーナで、イリーナが選んだのはゼブラではなくオブライエンだった。


「嬉しいに決まっているじゃないか。カールには自由になってもらいたかったからな」


「ゼブラとカール王子はよく似てるからなぁ。王宮を抜け出しては遊びほうけていた問題児なところもそっくりだ」


「ああ、私とカールはよく似ている。私は長男だったから王になる選択しかなかったが、カールには自由になって欲しかった。ラミアスの親バカから解き放ってくれたマリンダには感謝せねばならんな」


「でも、ゼブラはラミアス様と結婚してよかっただろ。あの方は厳しいが、王を支えるに相応しいしっかりとしたお人だ。マリンダのようにな」


「しかり、ラミアスと結ばれたのは私にとって最大の幸運だった。でもまさか、親子で同じような女性と結婚するとはな……。ふふ、カールも尻に敷かれてしまえばいいのさ」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべるゼブラ。

 ラミアスから相当尻に敷かれてきたんだな~と同情するオブライエンだった。





 場所は変わり、王宮にあるカールの部屋。

 純白の正礼装に身を包むカールに、ルクスが「ふっ」と笑みを浮かべる。


「まさか本当にカールと姉さんが結婚するとはね」


「何言ってるんだよ、お前から言ってきた癖に」


 恋のキューピットを買って出たルクスに突っ込む。

 あの時彼が社交界に行って欲しいと頼んでくれなかったら、マリンダと出会うことはできなかっただろう。

 橋渡しをしたルクスは、親友へこう告げた。


「姉さんのこと、頼んだぞ」


「ああ、俺が幸せにしてみせる」


「その言葉、絶対に忘れるなよ。よし、そろそろ姉さんを迎えに行こうか」


「ああ」




 さらに場所は変わり、王宮にあるサラスヴァティ・ベルの部屋。

 純白のウエディングドレスに身を包む美しいマリンダに、イリーナとサラが息を漏らす。


「綺麗よ、マリちゃん」


「とてもお美しいです、マリンダ様」


「お母様、サラ、ありがとうですわ」


 ウエディングドレスの着付けをやってくれた二人に礼を告げるマリンダ。

 そんな彼女に、母は慈愛の笑顔を浮かべて、


「本当に、これまで大変なことばかりだったけど、よく頑張ったわね。マリちゃんの今の姿を見れて……母としてとっても嬉しいわ、ぐす……」


「お母様……」


 感極まったのか泣き出してしまうイリーナ。

 彼女が泣いてしまうのも無理はない。三度も婚約を破棄されて、社交界でも上手くいかず周りから『毒舌令嬢』と揶揄されて、どれだけ大変で辛かっただろうか。


 そんな愛しい娘が、ようやくウエディングドレスを着れたことを心の底から嬉しく思う。

 うぇぇんと泣いているイリーナを、マリンダはそっと抱き締めた。


「お母様、これまで心配をおかけして申し訳ありませんでしたわ。わたくしが今ここにいるのは、お母様やお父様、ルクスやバルクホルン家の皆が支えてくださったからです。本当に、今までありがとうございました」


「マリちゃ~ん! たまには家に帰ってきてね~!」


「ええ、勿論ですわ。わたくしの家は、バルクホルン家ですから」


 母と娘が抱擁していると、コンコンと扉が叩かれる。

 サラがどうぞと促せば、カールとルクスが部屋に入ってきた。ウエディングドレス姿のマリンダを目にしたカールは、素直な感想を述べる。


「とても綺麗だ、マリンダ」


「カール様も素敵ですわ」


 と、互いを褒め合ってイチャイチャしている二人に、ルクスが呆れた風に声をかける。


「二人共、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ。早く馬車に乗ろう。あっそれと姉さん」


「何かしら」


「姉さんはいつも綺麗だけど、今日の姉さんは世界一綺麗だよ」


「ふふ、ありがとう。ルクス」



 ◇◆◇



 マリンダとカールを乗せた馬車が式場に到着する。

 先にカールが馬車から下りると、マリンダをエスコートした。

 マリンダがカールの腕を取ると、二人は足幅を揃えて青い絨毯のバージンロードを歩き出す。


「「カール様ー!!」」


「「マリンダお嬢様ー!!」」


 新郎新婦に万雷の拍手を送りながら、貴族や平民達が祝福の言葉をかけてゆく。

 中でも、バルクホルン家の者達の声は取り分けよく聞えていた。


 そしてマリンダとカールが初めてダンスを踊った時の合唱団や、バルクホルン領内の村でダンスを踊った村人達が沢山の楽器を使って結婚行進曲を奏でた。


 大勢の者に見送られながら、階段を一段ずつ上がってその先にある祭壇へ到着する。

 祭壇で待っていた神父が、マリンダとカールに問いかけた。


「新郎カール、あなたはマリンダを妻とし、

 健やかなる時も病める時も、

 喜びの良きも悲しみの時も、

 富める時も貧しい時も、

 これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、

 その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」


「新婦マリンダ、あなたはカールを夫とし、

 健やかなる時も病める時も、

 喜びの良きも悲しみの時も、

 富める時も貧しい時も、

 これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、

 その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓いますわ」


「よろしい。では、誓いの指輪とキスを」


 マリンダとカールは、互いの薬指に結婚指輪をはめる。

 そしてカールがマリンダのベールをそっと上げた。


「マリンダ、愛してるよ」


「わたくしも愛しておりますわ、カール様」


 愛の言葉を交わし合った後、二人は唇を交わす。

 その瞬間、王都中に広がるほどの拍手が巻き起こった。


 そんな中、カールは悪戯の笑みを浮かべると、突然マリンダをお姫様抱っこする。

「きゃ!?」と驚いているマリンダに、カールは微笑みながら、


「俺についてきてくれるかい?」


「ええ、どこまでもついていきますわ」


 マリンダとカールは、共に支え合いながら幸せな人生を歩き出すのだった。






Fin




最後までお読みいただきありがとうございました!


いかがでしたでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです!


初めて女性主人公の恋愛物を書いたのですが、凄く難しかったです笑


でも、とても良い経験になりました!

チャレンジして良かったです!

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行き遅れの侯爵令嬢は初めての恋を知る モンチ02 @makoto007

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