最大の難関(家族面談)





「眠ってしまったね」


「ええ、とても可愛らしい寝顔ですわ」


 ベッドで眠っているサラを見ながら、マリンダとカールは優しく微笑んだ。

 あれから散々泣いて泣き疲れてしまったのか、いつの間にかマリンダの胸の中で眠ってしまったのだ。

 そんなサラの寝顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「手は大丈夫かい?」


「これくらいへっちゃらですわ。サラ様を叩いた手の方が凄く痛みますもの」


 心配してくるカールに、マリンダは包帯を巻いた手を掲げて問題ないと笑う。

 痛みはあるが、それほど深い傷ではなかったようだ。マリンダにとっては、サラの頬を叩いてしまった手の方が心が痛む。


「突然ナイフを握った時は凄く驚いたよ」


「ご心配をおかけしました。頭より先に身体が動いてしまったのですわ」


「はは。本当に、マリンダ嬢は面白いね」


 可笑しそうに笑うカール。

 マリンダの行動は奇想天外で本当に飽きない。

 王宮に来てくれたこともそうだし、サラに物申したこともそうだし、酷いことをしたのにも関わらず、愛していると言ってくれたこともそうだ。


 そんな彼女に、どれだけ救われただろう。どれだけ勇気をもらったことだろう。

 ここまでやってくれたマリンダに、自分も応えなければならない。カールは真剣な眼差しでマリンダの顔を見つめると、


「マリンダ嬢、サラのことを黙っていてすまなかった。貴女の気持ちを裏切り、傷つけてしまったことも……本当にすまない」


 頭を深く下げて誠心誠意謝罪した。

 そんなカールに対し、マリンダもまた真剣に応える。


「気にすることないですわ。大体の事情はルクスから聞いています。カール様も言えぬ事情があっただけで、仕方ないことだとわかります」


「でも、俺は……」


「確かにカール様に裏切られた時は、凄く悲しい思いをしました。今まで生きていて、こんなに悲しかったのは初めてですわ」


「……」


「でもねカール様、同時に大切なことに気付けましたの。わたくしが、カール様を心から愛しているということを。だから、悪いことだけではありませんでしたわ」


「マリンダ嬢……」


 慈愛の笑顔を浮かべるマリンダに、カールの瞳が潤む。

 なんと心が強い人だろうか。傷つけた相手を労わることができる心の広さ。

 きっと自分にはマリンダが必要で、隣に居て欲しい大切な存在なのだ。


 カールは心の底から思った。

 マリンダとずっと一緒に居たいと。

 だから、この言葉を送るのだ。


「マリンダ嬢、俺は貴女を愛してる」


「カール様……」


「どうか俺と結婚してくれないだろうか」


「――っ」


 結婚して欲しい。

 その言葉を聞いたマリンダが突然涙を流してしまう。「ご、ごめん!」と慌てて謝ってくるカールに、マリンダは首を大きく振って、


「違います、違いますの! わたくし、凄く嬉しいんですの。カール様にそう言われて、嬉しくてたまらないんですの」


「そ、それじゃあ……」


「ええ……結婚の申し出、喜んでお受けいたしますわ」


「マリンダ嬢!」


 がばっと、喜びに満ち溢れたカールがマリンダを抱き締める。


「嬉しい、嬉しいよ!」


「わたくしの方が嬉しいですわ」


「いや、絶対俺の方が嬉しいよ」


 ようやく二人の想いが通じ合った。

 だがしかし、二人が真に添い遂げるには最大の難関が待ち受けている。


「マリンダ嬢、こう言っては情けないんだけど、もう一度だけ俺に勇気を与えてくれないだろうか?」


「ふふ、一度だけとは言わず何度でも与えますわ。だってわたくしは、一生カール様を支えるつもりですから」


「ありがとう、マリンダ嬢」



 ◇◆◇



 王室にて、四人の人間が対峙していた。

 玉座に座っているのはカールの父にしてシュバルディ王国の王であるゼブラ・シュバルディと、その隣には母にして王妃であるラミアス・シュバルディが座っている。


 二人の前には、カールとマリンダが静かに膝をついて頭を下げていた。


 跪いている二人を見下ろしながら、ゼブラが問いかける。


「それでカール、私達に改まって話したい要件とは何なのだ?」


「父上、母上。俺はこの方、マリンダ・バルクホルンを心から愛しています。サラとの婚約を破棄し、彼女との結婚を許していただけないでしょうか」


 カールが想いを告げると、ゼブラは厳かに首を縦に振って、


「うむ、よかろう」


「何言ってるのよアナタ、そんなの駄目に決まってるじゃない」


「ええ!?」


 折角かっこよく決めたのに、妻からダメ出しを喰らって指をツンツンしながら落ち込むゼブラ。

「アナタは黙ってて」と怒られて威厳もクソもなく王がしょんぼりしている中、ラミアスがカールに向かってこう告げる。


「百歩譲って、サラとの婚約を破棄するのは許しましょう。心が病んでしまったあの子がカールに何をするか分かりませんからね。ですが、彼女と結婚するのは認めません」


「何故ですか!?」


「何故って? 聞く所によると、彼女は三度も婚約を破棄されているようじゃない。それはつまり、彼女の性格に難があるということでしょう? しかも歳が27の行き遅れって……子を産むのも厳しいじゃない。王子の結婚相手として、問題だらけの彼女は到底相応しくありません」


「そんな事は――っ」


 カールが反論しようとするのを手で制したマリンダは、顔を上げて王妃に尋ねる。


「王妃、発現をしてもよろしいでしょうか」


「ええ、どうぞ」


 ラミアスから許可を頂いたマリンダは、大きく息を吸うと覚悟を決めた瞳で真っすぐに王妃を見つめた。


「確かにわたくしは、三度も婚約を破棄されました。理由はわたくしの口が悪いからで、愛想を尽かされてしまうのも無理ありませんわ。社交界では他の貴族から相手にされず、『毒舌令嬢』と呼ばれて笑われています」


「あら、自覚してるじゃないの」


 ニヤリと笑う王妃に、マリンダは「ですが」と言い続けて、


「そんなわたくしに、カール様はありのままでいいと言ってくれましたの。わたくしの言葉には嘘偽りがなく、わたくしの特別な個性であると。それだけではなく、そんな所が好きだと言ってくれました。

 ならばわたくしは、この性格を変えるつもりはありませんわ。いえ、できようがありませんの。何故なら、それがマリンダ・バルクホルンという人間ですから」


「ぐぬ……」


「子供に関してもご心配ありませんわ。これでもわたくし、健康には他の者より凄く気を遣ってますもの。きっと元気で丈夫な子供を産んでみせます」


「ぐぬぬ……」


「それと、わたくしと結婚したことでカール様に醜聞が広がるようでしたら、わたくしがねじ伏せてやりますわ」


「ぐぬぬぬぬ……」


 怒涛の反論にラミアスは二の句が継げず怯んでしまう。

 相手が王妃であるのにも関わらず、堂々と自信を持って言ってのける豪胆さ。気が強いとは聞いていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。


(おっかね~、こやつラミアスを言い負かしてしまったぞ)


 そんなマリンダに、ゼブラはドン引きしていた。

 というより、恐くて思わず身体が震えている。


(マリンダ嬢、貴女という人は……)


 マリンダの真っすぐな横顔を見るカールは、驚きつつも感心していた。

 子供の頃からずっと母が恐くて言いなりになっていた自分とは違い、真正面から言ってのける。

 そんな高貴でかっこいいところが、たまらなく愛しいのだ。


「もうそのくらいにしたらどうだ、母上」


「いい加減、カールの好きにさせてやりなよ」


「ユリウス兄さん……ウィル兄さん…」


 突然部屋に入ってきてはラミアスに意見する二人の男性。

 彼等はカールの兄である第一王子のユリウスと、第二王子のウィルだった。兄の登場に驚いたのはカールだけではなく、母のラミアスも同じだった。


「貴方達、どうして……」


「末っ子の弟が心配でね」


「その点は母上と同じってことだよ」


「「……?」」


 兄達が放った言葉の意図がわからないマリンダとカール。

 困惑している彼等に、ユリウスがやれやれといった風にため息を吐きながら説明する。


「簡単な話さ、母上は末っ子のカールが可愛くて可愛くて仕方ないんだよ。外に出て色々したいっていうお前が心配で仕方ないから、離れさせないように理由をつけて王宮に縛りつけていたのさ」


「そうだよな、母上?」


「……」


「そんな……まさか……」


 ユリウスとウィルからそう言われて、ぷいっと顔を背けるラミアス。

 そんな母の態度を目にしたカールは愕然としていた。


 ――そう、これは簡単な話だったのだ。


 今ユリウスが言ったように、ラミアスは末っ子のカールを一番可愛がっていて――本人にとってはだが――、王宮の外に出て行かずずっと自分の近くに居て欲しいだけだった。


 要は、可愛い息子を独り立ちさせたくない親バカの我儘だったという話である。


「カール、お前に監査役を命じる。貴族の中には悪政をしたり虚偽の報告をしてくる者もいる。曇りなきまなこでしかと見定め、国と民の力になってくれ」


「王宮のことは俺とユリウス兄さんに任せろ。お前は自分のやりたいこと――いや、やるべきことを自由にやるんだ」


「ユリウス兄さん……ウィル兄さん……」


 そうカールに声をかけた後、二人の兄はマリンダに向き直る。


「マリンダといったか。カールはちゃらんぽらんで能天気に思えるが、実は繊細で臆病なところがあるんだ。だが、貴女のような芯がある人と共に居るのなら心配はないだろう」


「というより、カールには貴女のような人でないとダメだろうな。可愛い弟のこと、よろしく頼んだぞ」


「……承知しましたわ。わたくしの身命を賭して、カール様を支えることを誓います」


 マリンダがユリウスとウィルにそう告げると、彼等は安心したように微笑んだ。

 そして今度は、お前はどうだと言わんばかりに皆がラミアスの方へ向く。皆の視線を受けたラミアスは、「も~わかりました!」と叫んで、


「カールと貴女――マリンダとの結婚を認めましょう」


「母上……」


「ただし! もしカールを危険に晒すようなことがあれば許しませんからね!」


「はい、必ずやカール様をお守り致しますわ」


 という事で、母の許しを得て正式にカールとマリンダとの結婚が認められた。


「マリンダ嬢……」


「カール様……」


 母という最大の難関を乗り越えて二人が見つめ合っている中、息子達に良い所を取られてずっと黙っていたゼブラ王は最後の締めに尋ねた。


「それで、二人の結婚式はいつにする?」

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