「ごめんなさいカール様、今日は体調が優れなくて外には行けませんの」


「いや、大丈夫さ」


「でも、カール様が居てくださるから元気になりましたわ」


「そうかい? ならよかったよ」


 張り付けた作り笑いを浮かべるカール。

 マリンダが泣いて去って行った日の後からずっと、カールはサラの部屋に呼ばれていた。といっても、サラの話し相手をするぐらいで何かする訳でもない。


 恐らく、カールをマリンダのところへ行かせない為だろう。

 そんな風に釘を刺されなくても行ったりしない。だって、行ってしまったらサラがマリンダに危害を加えてしまうかもしれないと分かっているから。


(マリンダ嬢……)


 叶うものならもう一度だけ会って話がしたかった。君を傷つけるつもりはなかったと謝りたかった。そして、まだ口にしていないあの言葉を伝えたかった。


 窓の外を眺めながらマリンダを想うカールの手を、ベッドにいるサラが強く握り締める。


「彼女のことを考えていらっしゃるのですか?」


「別に、そんなんじゃないさ」


「私だけを見てください……お願いです、どうか私を愛してください」


「サラ……」


 それはきっと無理だろう。

 だってカールはマリンダを愛しているから。こんなに誰かを愛するのは、きっと未来永劫マリンダ以外現れないだろう。


 そんな時だった。

 コンコンと扉がノックされ、部屋の外にいる執事が報告してきた。


「サラお嬢様、マリンダ様がお会いしたいと尋ねてこられましたが、いかがいたしますか」


「マリンダ嬢が来た……?」


「……そうですか。いいでしょう、通してください」


「承知いたしました」


 こうなると分かっていた風に、サラは簡単に了承した。

 少し経った後、扉が開いてマリンダが部屋に入ってくる。マゼンタの長髪を綺麗に整え、紅いドレスを完璧と纏い、背筋がピンと立っていて。

 マリンダはカールの姿を目にして眉を動かすも、動じることはなかった。


「突然の来訪ながらにも関わらず、お会いして頂き感謝致しますわ」


 スカートの端を持ち上げながら優雅に一礼するマリンダは、気高く美しい淑女レディそのものであった。


「来るだろうとは薄々思っていましたが、まさか本当に来るとは思いませんでした。それで、ご用件は何でしょうか、マリンダ様」


「単刀直入に言いますわ。サラ様、カール様を自由にしてあげてください」


「なっ!?」


「自由とはいったいどういう意味でしょうか」


 分かってる癖にしらばっくれるサラに対し、マリンダははっきりと答える。


「カール様の好きなようにさせてあげてくださいと言っているのですわ。カール様は自分の足で民のもとへ向かい、国を良くしたいと願っています。そんなカール様の夢を奪わないであげて欲しいんですの」


「それはカール様がやるべき事ではありません。それに、王妃が許さないでしょう」


「ならば、サラ様が王妃に申し出てください。貴女がカール様を愛しているというのなら、尚のことカール様の夢を応援するべきではありませんか?」


「うるさい……うるさいうるさい! そんな御託は聞きたくありません! 建前なんてどうでもいいです、本当のことを言ったらどうなんですか!?」


 突然金切りを上げては鋭く睨めつけてくるサラに、マリンダは一つ息を吐くと、真っすぐに言い放った。


「そうですわね……ならはっきり言いましょう。わたくしはカール様を愛していますわ」


「マリンダ嬢……」


「そして、わたくしので手でカール様の夢を支えたいと思っています」


 マリンダの言葉を聞いて驚愕するカール。

 嬉しかった……心の底から嬉しかった。彼女を裏切ったというのに、愛想を尽かされても仕方がないことをしたのに。


 そんな自分を、マリンダが愛していると言ってくれたことが。夢を支えてくると言ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。


(俺は……)


 このままでいいのかと、己に問う。

 彼女が想いを伝えてくれたというのに、答えず黙ったままでいいのか。


(言い訳がないだろう!)


 カールは拳を握り締めると、マリンダに想いを告げた。


「俺も、マリンダ嬢のことを愛してる」


「カール様……」


 マリンダは顔を綻ばせる。

 ようやくその言葉を言ってくれた。この想いは一方通行ではなかったのだ。

 マリンダに想いを繋げたカールは、サラに向き直り、


「サラ、俺はマリンダ嬢を愛していて、彼女と結婚したいと本気で思ってる。だから申し訳ないが、サラとの婚約は破棄させて欲しい」


「い、嫌です! カール様、私を見捨てないでください! どうして私じゃダメなんですか! 私でいいじゃないですか! この人より私の方がカール様を愛しています!」


「すまない……サラ。俺は一度も君を好きになったことはないんだ」


「――っ」


 悲しい現実を突きつけられたサラは、ぎゅっと毛布を握り締める。

 身体を震わせ、俯きながら小さく唇を開いた。


「そんな事……最初から分かってましたよ」


 初めて出会った時から、カールはサラに対して壁を作り一線を引いていた。

 勝手に婚約されたのだから納得いっていないのは当たり前だろう。時間をかけて壁を壊していければと思っていた。


 カールはかっこよくて、優しくて、病弱な自分にも真摯に付き合ってくれて、サラはすぐにカールのことを好きになった。


 だけどカールは、常に愛想笑いを浮かべるだけで全く心を開いてくれない。どれだけカールに好きだと言っても、「ありがとう」と躱されてしまう。


 決定的だったのは、カールが婚約破棄をしたいと言ってきた時だった。

 学生の女性を好きになり、夢を叶えたいと言ってきたカールに対し、サラが取った手段は自死行為だった。

 そんな愚行を犯したサラに、カールは完全に心を閉ざしてしまう。


 それでもよかった。

 カールを繋ぎ止められるのなら、嫌われたっていい。ずっと側に居てくれるのならなんだってする。

 純粋だった筈のサラの愛情は、カールを愛するが故に自分でも気付かないほど捻じ曲がってしまっていたのだ。


「それでも! それでも私はカール様と離れたくありません! どうしてもマリンダ様と結婚するというのなら、私は今すぐこの場で死にます!」


「サラ、やめろ!」


 濁った眼差しをカールに向けるサラは、ベッドの横にある戸棚からナイフを手に取って切っ先を喉元に突きつけてしまう。

 カールが慌てて止めようとするが、その前にサラはナイフを動かしてしまった。


「「――っ!?」」


 ぽたぽたと鮮血がベッドに染み渡る。

 だがその血はサラの首から出ているものではなかった。


「おやめなさい、そんな真似は淑女レディのすることではありませんわ」


「どう……して」


 目を見開くサラ。

 ナイフを止めたのは、マリンダの右手だった。

 ぐっと刃先を握り締めているその手からはぽたぽたと血が流れ落ちている。


「は、放して……放してよ!」


「例え指が千切れようともこの手は放しませんわ」


「手を放すんだ、マリンダ嬢!」


 カールが必死に声をかけても、マリンダは手を放さない。

 何を考えているのかわからないマリンダに、サラは声を荒げた。


「どうして……どうしてよ! どうしてマリンダ様が私を止めるの! 邪魔者の私が死ねばカール様と添い遂げられるじゃない! 私を生かすというのなら、私からカール様を取らないで!」


「ごめんなさい、それはできませんわ」


「だったら一思いに死なせてよ、お願いだから……」


「それもできませんわ」


「なんで――」


 パチンッと、マリンダが逆の手でサラの頬を叩く。

 突然叩かれたサラが呆然としていると、マリンダは真剣な表情で言い放った。


「自分を粗末にしてはいけませんわ!」


「――っ!?」


「サラ様の気持ちは痛いほどよくわかりますわ。カール様に貴女という婚約者がいると知った時は、わたくしも死にたいほど辛かったですわ」


「マリンダ嬢……」


「ですけど、それだけは絶対にしてはいけませんの。何故なら、それをしてしまったならカール様が傷ついてしまいますから」


 本当に愛している人を想うのなら、愛している人が傷つくような真似だけは絶対にしてはいけない。

 そう言うマリンダは続けて、


「そしてサラ様が死んでも、カール様は深く傷つくでしょう。ならばわたくしは、愛する人の為に貴女を死なせません。それがわたくしの覚悟ですわ」


「……っ」


 サラは気付いた。気付いてしまった。

 これが……これこそが本当の愛なのだと。


 カールの心を無理矢理繋ぎ止めようとして、彼の心も夢も無視して傷つけてきた。

 嫌われたっていい、側に居てくれたらそれでいい。

 だけどその思いは全部自分の為によるもので、何一つカールのことは考えていなかった。


 愛する人を傷つけてまでする独りよがりの歪んだ愛ではなく。

 マリンダのような、自分の事よりも愛する人を一番に考えることこそが本当の愛なのだ。


「うっ……うぅ……」


 真実の愛に気付いたサラは、涙を流しながらナイフから手を放す。

 泣きじゃくる彼女を、マリンダは優しく抱きしめた。


「ごめんなさい……ごめんなさい! 私、今までなんてことを……!」


「気に病む必要はありませんわ。盲目になるほどサラ様がカール様を愛したということですもの。ねぇ、カール様?」


「ああ、そうだな。君は悪くないよサラ。サラの気持ちに答えられなかった俺が悪いんだ」


「マリンダ様……カール様……」


 酷く傷つけたというのに、こんな自分を二人は許してくれた。

 泣いて俯いているサラの顔を優しく持ち上げると、マリンダは笑顔で問いかけた。


「ねぇサラ様、わたくしとお友達になってくれませんか?」


「えっ……?」


「だって、同じ人をこれほど愛しているんでるすもの。きっとわたくし達、凄く気が合うと思いますわ」


「マリンダ様……うわぁぁああああああああああん!!」


 許してくれるどころか友達になって欲しいと言ってきたマリンダに、サラは心を打たれてしまう。

 うわんうわんと、サラはマリンダの胸の中で子供のように泣き声をあげたのだった。

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