鳥籠

 



「つまんない」


 王子として、小さい頃から厳しい教養を受けてきた。

 勉強は勿論のこと、王家としての作法、ピアノやヴァイオリンやダンスなどの習い事を、一日中狭い部屋の仲に閉じ込められてやらされていた。


 運が悪かったのは、カールは覚えが早く何でも熟せてしまったことだろう。何か一つでも熱中したり打ち込めるものがあれば、少しでも退屈を凌げたかもしれない。


 たまに外に出られる時は、貴族達に顔見せする時ぐらい。

 幼いカールにとって、つまらない退屈な日々はフラストレーションが溜まる一方だった。


 だからだろう、我慢できずに王宮を抜け出したのは。

 付き人の目を掻い潜り、王宮を抜け出して街に行った。そこで初めての体験を何度も経験して世界の広さを知ったカールは、度々王宮を抜け出しては遊びに行き、平民達と関わっていく。


 きっと、その頃からだったのだろう。

 カールが自分の足で各地を周り、国民に寄り添い、困っていることやして欲しいことを直接聞いて、良き国にする。


 王を継ぐ第一王子、王を支える第二王子は王政に必要な存在で、王宮の外には中々出られない。だが、第三王子の自分ならそこまで王政に関わることはないだろう(実際は沢山あるのだが)。


 自分だからこそ出来ることがある。

 いや、これが第三王子として自分にしかできない役目なのだと、聡いカールは悟ったのだ。


 そんな自分の将来を王である父に語ったら、父は笑って了承してくれた。しかし、王妃である母は了承してくれなかった。


 そんなこと王子であるお前がする必要はない、と。

 何のために領地を任せている貴族がいるのだ、と。


 母が言っていることは正論だが、カールは諦めなかった。

 言うことを聞かないカールに痺れを切らした母は、強硬手段に出てくる。親交が深いベル公爵家の長女、サラスヴァティと勝手に婚約させたのだ。


 表向きは公爵家と縁を作り国政を強化する為。

 だが実際は、カールを王宮の中に閉じ込める為だった。


 病弱なサラを王宮に連れてきて、カールに相手をさせる。

 カールは再び、王宮という鳥籠に閉じ込められてしまった。


 四つ下のサラは可愛いしよく懐くし良い子ではあるのだが、勝手に婚約させられ、しかも自分を閉じ込めたいが為の母の策略をカールは気に食わなかった。


 カールが貴族学校に入学したばかりの頃、一人の女性と恋に落ちた。

 彼女はカールの夢を理解し、応援してくれた。カールは彼女と夢を叶える為に、サラに婚約破棄を申し出た。


 そしたら――、


「やめるんだ、サラ!」


「やめません。カール様が私から離れるというのなら、私は今すぐこの場で死にます」


「なっ……」


 あの時のことはよく覚えている。

 本気で好きな人ができたから婚約を破棄したいと言ったら、近くにあった果物ナイフを首に添え、血走った目でそう言ってきたのだった。


 本気ではないと高を括っていたのだが、サラは首を掻っ切ってしまった。幸い傷は浅く大事には至らなかったが、カールはサラに対して言い知れぬ恐怖を抱いた。


「カール様が何人の女性と遊んだって構いません。私はできるか分からないので、第二夫人を作って子を成してもいいです。ですが、私以外の女性を本気で愛すのは許しません」


「……」


「私にはカール様しか居ないのです。愛しております、カール様」


 カールの恋人は自主退学してしまった。恐らく、母やサラがそう仕向けたのだろう。


 それだけではなく、カールには監視がつけられた。そこまでするかと思ったが、サラはそれをできる人間だった。

 元々そうだったのか、心が病んで変わってしまったのかは分からない。

 兎に角、そんな事があってからサラは必要以上に束縛してきた。


 流石のカールも夢を諦めてしまう。

 貴族学校を卒業し、与えられた王政を淡々と熟しながら息抜きとしてたまに街へ出て遊ぶ退屈な日々を送っていた。


 そんな時だった。

 マリンダ・バルクホルンと出会ったのは。


『助けてくれたことは感謝致しますわ。ですが、淑女レディの顔に気安く触れるものではないですわよ」


『ぷっ、あははは!』


『し、失礼ですわね! 何がそんなにおかしいのかしら!?』


『いや、すまない。女性に手を払い除けられるなんて初めてでさ。つい面白くて』


 マリンダは今までに会ったことがないタイプの女性だった。

 王子であろうが世辞を言う訳でもなく、思ったことをはっきりと言う。面白い女性だな、と素直に思った。


 そして、彼女との情熱的なダンスはとても楽しかった。

 こんなに楽しいのは久しぶりで、今までの鬱屈とした気分が全て吹っ飛んでしまうくらいに。


 ダンスが終わった後もマリンダの事が頭から離れず、次の日には連絡も無しにバルクホルン家を訪れていた。

 マリンダをデートに誘い街の色々な場所に行って、最後に街を眺めながら、つい自分の夢を語ってしまった。そしたら、マリンダは肯定してくれた。

 その時カールは恋に落ちた。そして、マリンダとの出会いを運命に感じた。


 それからも会っては恋を育み、やがて恋は愛に変わる。

 カールはマリンダと結婚したいと本気で思った。


 だがその為には二つの障害がある。母とサラだ。

 カールはマリンダを連れて母に結婚を認めて欲しいと伝えようとしたのだが、サラに先手を打たれてしまう。


 サラにカールの婚約者であると告げられたマリンダは、泣きながら去って行ってしまった。

 追いかけようとしたが、引き留めてくるサラの瞳が首を掻っ切った時と同じで恐くなり、振りほどくことができなかった。


「周りには自由奔放な第三王子とか言われているけどさ、全然そんなことないんだよ。自由に空を飛べず、王宮という鳥籠に閉じ込められた哀れな鳥なんだ」


「カール……」


 自嘲しながら乾いた笑みを浮かべるカール。

 彼の身の上話を聞いたルクスは困惑していた。明るくおちゃらけた態度の裏には、そんな感情が隠していたのか。


 誰よりも自由だと思っていた奴は、実は誰よりも不自由な環境に置かれていたらしい。


「一つだけ聞かせてくれ……カール。姉さんを愛している言っていたが、その気持ちに嘘はないだろうな」


「ああ……嘘じゃないよ。神に誓って」


「そうか……殴って悪かったな。僕はもう行くよ」


 ベッドから立ち上がると、ルクスは部屋を後にする。

 カールは苦しんでいた。自分ではどうにもならないと己の未来を諦め嘆いていた。ならば、親友として手を差し伸べるのが当然だろう。


 しかし、カールを助けられるのは自分ではない。

 彼を鳥籠から自由な空に放てるのは、きっとこの世でたった一人だけだ。


(……姉さん、貴女だけだよ)


 ――そう。


 カールの心を救えるのは、マリンダしか居なかった。

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