親友
ルクスとカールが初めて会話をしたのは16歳の時、貴族学校に入学してから二年目の時だった。
今でも鮮明に思い出せる。
一人で木の陰に座りながら本を読んでいると、カールが馴れ馴れしく声をかけてきたのだ。
「よっ」
「……何か?」
当時からカールは人気者だった。
王子であるのに気取らず、誰に対しても平等に接し、明るく優しい彼の周りにはいつも誰かがいる。まぁ、殆どはカールの女性ファンであったが。
そんなカールとは真逆に、ルクスはいつも一人だった。
極力他人と関わらず、休み時間があれば決まった場所で本を読む。元々人見知りの性格でもあるのだが、単純に学校内でも派閥を作ったりしている貴族の世界にウンザリしていたのもあるだろう。
簡単に言えばカールは陽キャで、ルクスは陰キャというやつだった。
ただし陰キャといえど、ルクスは侯爵家かつルックスが良かった為、孤高でクールといった感じで一部の女性からは人気であったが。
「僕に何か用ですか、カール王子」
「王子はやめてくれよ。ここは学校内なんだからさ、気軽にカールと呼んでくれ」
「はぁ……」
カールの噂は聞いている。といっても良くない噂ばかりだが。
小さい頃から王政なんかどうだっていいとほったらかす自由奔放な第三王子。気に入った女性が居れば口説かずにはいられないとか、夜遊びをしまくっているだとか。
立派な貴族として
そんなマイナスの印象があったからか、相手が王子であるのにも関わらず割と失礼な態度を取ってしまう。
「もう一度聞きますが、カール“王子”は何の用で?」
「ぷっ、あははははは!」
「……何がおかしいのでしょうか」
「いや、すまない。ここまで露骨に嫌がられるのは初めてでさ。つい面白くて」
何故かは分からないが、カールは腹の底から笑っていた。
こいつは変態野郎かとも思ったが、そうでもなかったらしい。後から聞いた話なのだが、自分に冷たくする人間はこれまで現れなかったので、珍しかったそうだ。
誰にでも好かれるカールだからこそ、逆にルクスの態度を気に入ったのだろう。
本人曰く、王子という立場だから媚びへつらうような者達ではなく、対等の立場で接してくれることが嬉しかったのだと言っていた。
「難しい顔して何の本を読んでるのかな~ってつい気になってさ」
「ベンジャミン手記の『領地経営学』です」
「あ~あの本か。いいよね、凄く勉強になったよ」
「既にお読みだったんですか?」
「勿論さ」
ルクスは驚いた。カールがこの本を読んでいたことに。
いや、この本だけではない。カールは意外なことにルクスと同等量の本を読んでいた。貴族学、経営学、統計学、天文学、土地学、農業学。上に立つ者に必要なありとあらゆる本を読んでいた。
ちゃらんぽらんな第三王子とは到底思えぬ博識っぷりで、カールの印象が百八十度変わったのだ。
だからルクスはカールを認めている。ただ遊んでいるだけのダラしない王子ではなく、影では人一倍国や民を想い、良くしようと努力している立派な人間なのだと。
馬が合ったのか、いつの間にか二人でいる事が多くなり、卒業するまでの間殆どカールと一緒に居た。
卒業してからも時々会って酒を交わしつつ近況を話したりする仲だ。
ルクスにとってカールは、唯一無二の親友である。
だからこそ許せない。親友が自分と姉を騙していたことに。
「バルクホルン侯爵が嫡子、ルクス・バルクホルンです。カール王子と面会させて頂きたい」
「申し訳ありませんが、カール王子とは面会できません」
マリンダが泣いて戻ってきた次の日。
ルクスはカールに事情を聞こうと、一人で王宮を訪れた。カールに会わせて欲しいと門兵に頼んだのだが断られてしまう。
「何故です?」
「王妃様からのご命令なのです。バルクホルン家の者をカール王子に会わせるなと」
「何だって……」
困惑するルクス。
何故ここで王妃の名前が出てくるのだろうか。まさかカールとベルの婚約に王妃が関わっているのか。
なんとか食い下がろうとしたのだが、やはり止められてしまう。ここは一旦日を改めた方がいいと踵を返そうとした時だった。
「構わん、入れてやりなさい」
「「陛下!?」」
そう声をかけてきたのは、シュバルディ王国の王であり、カールの父でもあるゼブラ・シュバルディであった。
まさかの王の登場にルクスと門兵がすぐさま姿勢を正していると、ゼブラ王が気軽な感じでルクスに声をかける。
「久しぶりだな、ルクス」
「ご無沙汰しております、陛下」
カールと親友であるルクスは、何度も王宮に呼ばれている。その時にゼブラ王とも少しだが対面を果たしていた。
なんでも父のオブライエンとは旧知の仲で、父との
「カールに会いに来たのだろう?」
「はい」
「会いに行ってやってくれ」
「よろしいのですか?」
「陛下、王妃様からバルクホルン家の者をカール王子に会わせるなとのご命令が……」
勝手に了承してしまうゼブラ王に門兵が慌てて申すが、ゼブラ王はニヤリと口角を上げて尋ね返す。
「むむ? 主らは王である私より王妃の命令が絶対だと言いたいのかな?」
「「め、滅相もございません!」」
「うむ、よろしい」
ゼブラ王は柔らかく微笑むと、真っ青になっている門兵の肩をポンと叩いた。
そしてルクスに行けと指し示す。
「ありがとうございます、陛下」
「構わんよ。カールを頼んだぞ、ルクス」
「はい」
ゼブラ王の協力のもと、王宮に入ったルクスはカールのところへ向かう。
彼の自室には何度か伺ったことがある為、迷わずに来れた。そしてドアを叩き、「入るぞ」と一言告げてから部屋に入る。
「……」
カールの部屋は、無邪気な彼とは思えないほど殺風景で何もない部屋だった。
あるのは机とベッドだけで、まるで牢獄のようにも見える。
そして本人は、椅子に座って机に突っ伏していた。
「ルクスか……よくここに来られたね」
ルクスに気が付いたカールが、笑ってない笑顔を向けてくる。
そんな酷い有様の親友に、ルクスは怒りを堪えながら問いかけた。
「殴る前に一つ聞かせてくれ。ベル公爵の娘と婚約していたのは本当なのか?」
「ああ……本当だよ」
「お前っ!」
バシッと、ルクスはカールの頬を殴り飛ばした。
床に倒れるカールの上に乗っかり、胸倉を掴みながら怒声を上げる。
「何故今まで黙っていた!? 親友の僕にも言えなかったのか!?」
「ああ……言えなかった」
「っ!? そうかよ、それならそれで構わないさ。だけど、それならどうして姉さんと恋をしたんだ!? どうして姉さんの気持ちを裏切るような真似をしたんだ!? お前にとって僕の大事な姉さんは、いつも遊んでいる女性達と同じ程度の人間だったっていうのかよ!?」
「それは違う!!」
はっきりと否定したカールに、ルクスは驚愕してしまう。
信じてくれと訴えるように、カールはこう口にした。
「俺は本気で……マリンダ嬢に恋をしたんだ。彼女を好きになった……いや、今ではもう愛に変わってる」
「カール……」
こんなに弱弱しい親友の姿を目にしたのは初めてだった。
だからこそ余計に分からない。マリンダを愛しているという言葉が真実ならば、何故サラとの婚約を黙っていたのか。
「本当は昨日、マリンダ嬢に全てを打ち明けて、母上に俺達の仲を許してもらおうと思っていたんだ」
「どういう事だ……」
「ああ、すまない。最初から順を追って説明するよ」
「……わかった」
ルクスはカールの身体から退くとベッドの端に座る。
カールは地べたに座ったまま、壁に寄りかかりながら自らのことを話し出したのだった。
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