嘘と涙

 



 歌音祭の後も、マリンダとカールは恋を育むように何度も会っていた。

 カールをバルクホルン家に呼び、マリンダが手料理を振る舞って食べたり。サンドイッチを作って二人でピクニックに行ったり。最近逸りの演劇を鑑賞しに行ったりと、二人だけの時間を沢山過ごした。


 そんなある日、不意にカールが告げてくる。


「マリンダ嬢、今度王宮に来て欲しいんだ」


「王宮に……ですか?」


「うん、君を両親に紹介したいと思ってる」


「それって……」


 両親に紹介したい。

 それはつまり、マリンダをカールのお嫁さんとして紹介したいという意味だろう。言葉通り捉えれば、だが。

 まさかそんな事を言われるとは思わず、マリンダは呆然としてしまう。


 返事がないのに焦ったのか、カールが頭を掻きながら恐る恐る尋ねてくる。


「ダメ……かな」


「いえ、そんなことありませんわ! 逆ですの、すっごく嬉しんですのよ!」


 嬉しいに決まっている。

 心が舞い上がるくらいに。


「良かった! じゃあ日付が決まったら連絡するよ!」


「はい」


 という事で、マリンダは王宮に訪れることになった。

 カールの両親、つまり王家に会うという事でオブライエンとイリーナに報告すると、二人は大声を上げた。


「王宮にお呼ばれしただと!?」


「それは本当なのマリちゃん!?」


「ええ、本当ですわ」


「「おめでとう!」」


「「おめでとうございます、お嬢様!!」」


 この頃のマリンダとカールの仲を知っている家族は、いつかこうなるかもしれない。いや、そうなって欲しいと陰ながら見守っていたが、本当に実現するとはと大いに喜んだ。


 バンザーイバンザーイと手を大はしゃぎで祝福してくれるバルクホルン家の皆を見てため息を吐きながらも喜んでいると、オブライエンが「はっ!」と何かに気付いたように、


「こうしちゃおれん! 王宮にお渡しする最高級の品を用意しなくては!」


「マリちゃんのお洋服も、とびっきり良いものを仕立てなきゃね!」


「お父様、お母様……感謝致しますわ」


「姉さん、当日は僕もついていくよ」


「ルクス……ええ、お願いしますわ」


 皆が自分とカールを応援してくれる。

 期待に応える為にも、良い結果を持って帰らなくてはと、マリンダも気合を入れたのだった。



 ◇◆◇



 そしてついにその日がやってきた。

 カールから手紙を貰って日付を知ったマリンダは、前日から王都に入る。

 念入りに準備をして夜を過ごしたその翌日、馬車に乗ったマリンダとルクスが王宮の門の前に到着する。


「じゃあ姉さん、僕は宿で待ってるから」


「ルクス、ついてきてくれてありがとうですわ」


「いいんだよ。姉さんなら心配ないと思うけど、頑張ってね」


「勿論ですわ」


 姉にエールを送ったルクスは、馬車を走らせて去って行く。

 姉想いの弟に感謝しながら、マリンダは王宮を見上げた。


「行きましょうか」


 父が用意してくれた献上品を片手に、母が仕立ててくれた紅色のドレス。

 準備は万端。さぁ行くぞと門に歩き出そうとしたその時――、


「きゃっ!」


 マリンダの目の前で、女性が躓いて転んでしまう。マリンダはすぐに女性に近付き、声をかけた。


「大丈夫ですか?」


「はい……大丈夫です」


 マリンダが助け起こすと、女性は申し訳なさそうにお礼を告げてくる。

 そんな彼女を見て、マリンダはつい惚けてしまった。何故かといえば、その女性がとても可憐だったからだ。


 肩にかかるほどの白銀の髪に、雪のように白い肌。幼い顔立ちに、垂れ目ながら目は大きく、右目の下には泣きボクロがある。幸薄そうな雰囲気を醸し出しているも、一輪の花の如く可憐である。

 同じ女としても、目を奪われるほどの魅力的な女性だった。


「どうかされました?」


 じ~と見てくるマリンダに対して、女性が尋ねてくる。

 マリンダは慌てて「何でもありませんわ。では」と一言告げてから先に行こうとするも、女性が再びよろけてしまいそうになるので慌てて支えた。


「ああ、何度もごめんなさい」


「別にいいんですのよ。どこか怪我でも?」


「いえ、そういう訳では。ただ私身体が弱くて……すぐ転けけそうになってしまうんです」


「まぁ、そうなんですの。なら、わたくしの腕に捕まりなさい。連れて行ってあげますわ」


「いいんですか?」


淑女レディとして当然ですわ」


「お優しいんですね」


 男前な笑顔を浮かべながら腕を出してくるマリンダに、女性は「ありがとうございます」と

 微笑みながら腕を掴んでくる。


 その表情がなんとも可憐で、マリンダは心を射止められてしまった。

 そしてふと思ってしまう。


(わたくしのような女ではなく、彼女のような女性が男性に好ましいのでしょうね)


 貴族の男性はマリンダのような気が強い女性ではなく、まさに彼女のようなおしとやかな女性を好む。庇護欲というか、守ってあげたくなる可愛さだ。現に、マリンダだって守ってあげなくてはと思わされてしまう。


「どうかされました?」


「いえ、なんでもありませんわ。行きましょうか」


 ジッと見てしまっていたら、女性がコテンと首を傾げる。

 気を取り直したマリンダは、女性に合わせて歩みながら門兵に話しかけ門の中に入れてもらう。


 と、丁度いいところに王宮からカールが出てきた。こちらに歩み寄ってくるカールへマリンダ達も向かうと、何故かカールが立ち止まってしまう。


 しかも、マリンダを見て酷く驚愕していた。


「カール様? どうしたので――」


「カール様!」


「え?」


 カールの様子がおかしいと気付いたマリンダが声をかけようとするが、先に女性がカールの名を呼んでタタタッと駆けてゆく。

 しかしすぐ転びそうになり、カールが抱き留めた。


「ふふ、お会いしたかったですわ」


「サラ、どうして君がここに……」


(ど……どうなっていますの?)


 親し気にカールへ話しかける女性に、マリンダは訳がわからないといった風に困惑していた。

 あの様子だと、二人は元々知り合いなのだろう。王子であるカールとどういう関係なんだろうか。


「カ、カール様……彼女とお知り合いでしたの?」


「えっと、彼女は……」


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


 しどろもどろになっているカールの代わりに、女性がスカートの裾を広げて挨拶をしてくる。


「私はベル公爵家の娘、サラスヴァティ・ベルといいます。そして、ここにいるカール様の婚約者です」


「はっ?」


 彼女――サラは今なんといった?

 聞き間違いでなければ、カールの婚約者と言わなかったか?


 婚約者、婚約者、婚約者。

 その言葉が頭の中でリフレインしては、思考がぐちゃぐちゃになって定まらない。


 婚約者だって? そんな馬鹿な。

 カールに婚約者がいるなんて本人から告げられたこともないし、そんな噂も聞いたことがない。


 だが、王子の婚約者など本当でなければ自分から堂々と言える筈がない。そんな大それた嘘を吐けば不敬になってしまうから。

 ならばサラは本当にカールの婚約者で、カールは今までずっとサラの事を黙っていたのだろうか?


「カ、カール様、彼女が言っていることは本当なんですの?」


「……」


「――つ!?」


 マリンダが真意を問うと、カールは顔を背けながら押し黙ってしまう。

 その示唆は事実であるという証明に違いなかった。

 という事はつまり、カールはサラという婚約者がいながら他の女性マリンダと会っていたということだ。


 しかもその事を知らず、マリンダはカールと恋をしていたのだ。まんまと騙され、遊ばれてているとも知らずに。


 事実を知ったマリンダの瞳から、つーっと涙が零れ落ちてしまう。


「わたくしとは、ただの遊びだったのですね……」


 震える声で尋ねた。

 悲しい顔で問うてくるマリンダに、カールは慌てて口を開く。


「違う、そうじゃない! 俺の話を聞いてくれ!」


「言い訳なんて聞きたくありませんわ! 貴方は最低なことをしましたのよ! 信じていたましたのにッ……見損ないましたわ!」


「マリンダ……」


「失礼しますわ」


 それだけ言って、マリンダは踵を返しカールの元を去ったのだった。

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