ありのままの




 広大な草原を思いっきり駆け抜けた後、馬を休ませる為に休憩を取っていた。


「疲れたでしょう? ほら、お食べ」


「ブルル」


 厩務員から預かった馬用の水と食料を渡すと、馬は嬉しそうにしていた。

 その様子を眺めて微笑みながら、マリンダは馬の美しい毛並みを撫でる。


「貴方本当に速いのね。驚きましたわ」


「ブルル」


「ふふ、可愛い子ね」


 褒めていると、馬がマリンダの身体に頭をスリスリしたり顔を舐めてきた。美女と馬が触れ合っている美しい光景を眺めていると、カールの口から思わず言葉が出ていた。


「マリンダ嬢は、裏のない純真な心を持っているんだね」


「きゅ、急になんなんですの……。お言葉ですけど、わたくしはそんな人間ではないですわ」


 暗い顔を作りながら自虐するマリンダ。

 だってそうだろう。マリンダの心が純真ならば、愛想を尽かされて三度も婚約破棄されないし、社交界で100敗することもない。


 ダメな原因は全部自分にある。

 その最たる原因は、“思ったことをつい口にしてしまう”癖だろう。それは裏を返せば、相手のことを思いやる気持ちが無いという証だった。


 出そうになる言葉を呑み込んでおけばいいものの、相手の気持ちを尊重せず、こっちが正しいと正論を突きつける。本人にはそんなつもり微塵もないけれど、見下すような冷たい言葉を放ってくる人間なんかと誰が一緒に居たいと思うだろうか。


 それも夫となれば、死ぬまで付き合わされてしまう。

 貴族の男にとって、一歩引いて後ろから見守るおしとやかな女性ではではなく、気が強く隣であーだこーだ言ってくるような女性は煩わしいことこの上ない。


 マリンダだってそれくらい分かっているのだ。

 何度も変わらなくてはダメだと思いつつも、だけどマリンダは変えることができなかった。


 何故ならば、それがマリンダという人間だからであり、これを変えてしまうと侯爵家の令嬢である矜持と自身のアイデンティティが失われてしまうから。


 そんな自分の事をカールに伝えると、マリンダは作り笑いを浮かべながらこう言った。


「ねっ? わたくしはそういう人間なんですのよ。『毒舌令嬢』と呼ばれるのも致し方ありませんわ」


「それは違うよ、マリンダ嬢」


「えっ?」


 自虐するマリンダに、カールははっきりと否定する。

 いつもの笑顔ではなく、いつになく真剣な表情で。


「確かにマリンダ嬢の言葉は相手を傷つけてしまうことだってあるだろう。言わなくてもいい余計なことを言ってね」


「……」


「でもそれは悪いことだけではない筈だ。君の余計な言葉が誰かを救ってきたことだって何度もあっただろう。ただそれを自覚していないだけなんだ、それは君にとっての当たり前だから」


 カールの言う通りである。

 マリンダの悪癖のお蔭で救われた人間は沢山いる。

 父のオブライエンは、マリンダの助言によって領地経営が上手くいったことが何度もある。


 母のイリーナはマリンダに真剣に怒られて、大好きなお菓子を控えることで健康になった。


 弟のルクスは気が弱くて頼りなかったが、マリンダに貴族の長男として、強く育ててもらった。


 執事やメイド達、バルクホルン領地にいる人間だってそうだ。マリンダの悪癖によって救われてきた人は多い。


 ただそれを彼女自身がわかっていないだけだった。

 マイナスな面だけを重く捉え、本質には気づいていない。

 だからカールが伝える。本人が気付くように。


「“思ったことをつい口にしてしまう”のは、裏を返せばマリンダ嬢の言葉には“一切嘘がない”ということなんだよ。嘘八百だらけの貴族の世界で、貴女だけは本心を口に出している。それはマリンダ嬢にしかできず、マリンダ嬢だけの特別な個性なんだと思うよ」


「わたくしだけの……個性?」


「そうだよ、とっても素晴らしい個性さ。マリンダ嬢の言葉には嘘がなく、心は純真なんだ」


「そんな……そんなことって……」


 悪癖が個性。

 そんな事を言われたのは初めてで、マリンダは狼狽えてしまう。


「その証拠に、馬がとても懐いている」


「この子が?」


「そうだよ。人が思っているよりも、馬はかしこい生き物なんだ。彼等は人の目を見るだけで本質を見抜き、相手がどういった人間か分かってしまう。だから馬には嘘は吐けない。そんな馬がマリンダ嬢に懐いているということは、貴女の心が純粋であるという確たる証なんだよ」


「ブルル」


 カールの言う通りだと言わんばかりに、馬がマリンダに顔を寄せ小さく鳴いた。

 マリンダが呆然としていると、カールは続けて言い放つ。


「馬だけじゃないよ、俺だってマリンダ嬢のそんな所を好きだと思っている」


「カール様……」


「だから、ありのままの君でいいんだ」


 ありのままでいい。

 カールにそう言われて、影っていたマリンダの心に一筋の光が差し込み、一気に世界が開けた。澄み渡ると大空と、広大な草原のように。


「ありがとうございます、カール王子。わたくし、もう自分を卑下するようなことは言いまわせんわ」


「それはよかった」


 多分、この時だったのだろう。

 己のダメなところを肯定してくれて、ありのままでいいと言ってくれたカールに、マリンダが本気で恋心を抱いたのは。


 だから告げるのだ。

 彼が好ましいと言ってくれた悪癖を使って、今思っている感情をありのままに曝け出す。


「カール様、貴方に言いたいことがあります」


「なんだい?」


 マリンダはカールに指を突きつけながら力強く宣言する。


「わたくし、カール様に恋をしていますわ」


「……」


 マリンダの告白宣言を受けてカールは一瞬驚いたが、すぐに微笑むと、


「奇遇だね、俺もなんだ」


 と、そう返したのだった。



 ◇◆◇



「「歌音かおん祭(ですの)?」」


「ええ、近くにある小さな村なんですがね、半年に一度祭りがあるのですよ。まぁ祭りといっても、各々自由に歌って踊って飲んで楽器を奏でるだけなのですがね。私も行きますので、お二人もよかったらと」


 時は夕暮れ。

 互いに恋をしていると言い合いながらも、明確な好きそのの言葉は発さない二人。どちらからも話題を振ったりとはしなかった。間が持たないという訳ではなく、その空間と時間が心地よかっただけ。


 馬に揺られて初々しい雰囲気を醸し出しながら厩舎に帰ってきたマリンダとカールに、厩務員にそう告げられた。


 厩務員に誘われた二人は顔を見合わせると、示し合せるかのように「「是非」」と返答する。仕度をしてから馬に乗って三人で村に向かうと、もう始まっているのか楽器の音色が聞こえてくる。


「凄いですわね……」


「うん、皆楽しそうだ」


 村人達は衣装を纏い、各々がギター、笛、ジャンベと様々な楽器で音楽を奏でている。


 自由気ままに奏でているように思うが、不思議とリズムは合っていた。そのリズムに合わせて子供達や若い男女が踊ったりしていて、それを肴に大人達が酒を飲んでいる。

 誰もが笑顔に満ち溢れ、楽しい光景が広がっていた。


「では、私も行きますね」


 そう言って、厩務員もギターを片手に村人に混ざって行った。

 マリンダやカールが酒を頂きながら楽しんでいると、二人の子供がやってきて手を引っ張られる。


「「一緒に踊ろ!」」


 無邪気に誘ってくる子供に、マリンダとカールは顔を見合わせてから参加した。

 子供と踊った後も代わる代わる入れ替わり、そして二人が踊る番が回ってくる。


「さぁ、踊ろうか」


「はい」


 マリンダとカールが踊り出す。

 貴族のダンスではなく、場所を移動しながら自由気ままに。いつしか二人は歌を歌っていて、彼等のリズムに合わせて村人達も楽器を奏でた。


 他の者達も二人を囲うように輪を作り、皆の心が一つになる。音楽がクライマックスになった瞬間、マリンダとカールはじっと見つめ合い、


「「ん……」」


 と情熱的なキスを交わした。

 それを見た村人達は、二人を祝福するかのようにわぁ! と拍手と声を上げたのだった。

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