乗馬デート
「おはよう……ございますですわ」
「おお……おはようマリンダ」
「あらマリちゃん、具合が悪いのかしら?」
「えっ?」
「えっ? じゃないよ姉さん、凄い格好だよ」
家族に挨拶をすると、マリンダの顔を見て驚いていた。
それは恐らく、彼女の姿が酷い有様だったからだろう。
マリンダが部屋から出る時はいつも完璧におめかしをした状態でいる。それが
だが今のマリンダは、アネモネ色の髪はボサボサで、服はパジャマのままだし、化粧を施していない顔は目の下にくっきりとクマができていた。
こんな寝起きの格好でマリンダが人前に出てきたのは多分初めてで、オブライエン達が驚愕するのも頷ける。
マリンダがこんな有様なのは仕方ない。
一晩中カールの事を考えて悶々しては、殆ど眠ることができなかったからだ。だから今も、マリンダは覚醒しきっておらず頭がボーっとしていた。
「あら、そう? ふわぁ……」
「お嬢様、私達がお手伝いしますので整えましょう」
「ありがとうですわ」
これもまた珍しく人前で大きな欠伸をするマリンダ。
そんな彼女をメイド達が連れていくと、両親と弟は小声で会議を開いた。
「イリーナ、ルクス、お前達はどう思う?」
「明らかに変よねぇ……」
「そうだね……あんな腑抜けきった姉さん初めて見たよ」
「上手くいっているかと思ったが、もしやカール王子に振れられてしまったのではないか?」
オブライエン達は、デートの結果をマリンダ本人から聞いていない。自分の部屋に行ってから、一度も外に出てこなかったから聞く機会がなかったのだ。
上手くいったという体でどんちゃん騒ぎをしてしまったが、それは大きな勘違いで、もしやカール王子に振られてしまったのではないか。
それなら、マリンダが変なのも頷ける。
「これは由々しき事態だぞ。早急にマリンダを慰めなければならん」
「ああマリちゃん、可哀想に……」
「あのさ、まだ姉さんがカールに振られたと決まった訳じゃないよね」
「俺がどうかしました?」
「「……」」
おかしいぞ、声の人数が一人多い気がする。
オブライエンとイリーナとルクスが声が聞こえた方へ顔を向けると、ニコニコと爽やかな笑みを浮かべているカールがいた。
「「ええええええええ!?」」
思ってもみなかった人物の出現に、朝っぱらから絶叫を上げてしまう。
「カカカ、カール王子!?」
「驚きましたわぁ」
「ははは、驚かせるつもりはなかったんですけど」
「っていうかお前、どうしてここに居るんだよ」
ルクスがジト目で尋ねると、カールはさもありなんといった風にこう告げた。
「マリンダ嬢にデートのお誘いに来たのさ」
「そ、そうですかそうですか! それはマリンダも喜ぶでしょう!」
「もうどこにでも連れていってください。明日の朝に帰ってきてもよろしくってよ……うふふ」
「母さんさぁ……」
下世話な冗談を言う母に息子が呆れたため息を吐いていると、カールは「あはは」と軽くスルーしてキョロキョロと周りを見る。
「そういえば、マリンダ嬢はどこに?」
「マリンダなら今仕度を整えています。お~丁度いいところに! マリンダ、カール王子が来てくださったぞ」
「はい?」
髪をとかし、服に着替え、化粧でクマを隠した完璧な状態で戻ってきたマリンダにオブライエンがそう言うと、彼女はカールを目にして驚いた。
「カ、カール王子……」
「やぁマリンダ嬢、おはよう」
「おはよう……ございますわ」
((んん?))
歯切れ悪く挨拶を返すマリンダに、家族は違和感を抱いた。
侯爵令嬢としていつも威風堂々、毅然とした態度でいるマリンダが、しおらしいというかモジモジしている。その上、初心な乙女のように顔を赤らめているではないか
これは一体何事だ? と三人の頭の上に???が浮かび上がっている間に、カールがマリンダの元まで歩み膝をついてその手を取った。
「マリンダ嬢、貴女とのデートが忘れられなくて今日も訪ねてきてしまいました。突然ではありますが、今日も俺とデートしてくれませんか」
「は……はいですわ」
王子の気障ったらしい誘いに、マリンダは嬉しさを隠しきれない顔で小さく頷いた。
そのまま出かけてゆく二人を見送ったオブライエン達は、なんとも言い難く初めての感情が芽生える。
((と……尊い!!!))
◇◆◇
「さぁ、着いたよ」
「ここは……」
カールがマリンダを連れてやってきたのは厩舎だった。
だだっ広い草原のど真ん中に大きな厩舎が建っており、数十頭の馬が大人しくしている。
「バルクホルン侯爵領を見て回っていたら偶然見つけたんだ。ここは主に貴族や商人に馬を売っているところなんだけど、乗馬もできるそうなんだよ」
「知っていますわ。わたくしも何度も訪れていますから」
「はは、そりゃそうだよね」
「でも、今日はどうして
マリンダが尋ねると、カールは遠くを眺めながら答える。
「乗馬が好きなんだ。馬に乗って何もない広い草原を駆け巡ると気分が爽快になってさ。俺の好きなことをマリンダ嬢にも知ってもらいたかったんだ」
「そうだったんですの」
無邪気に言うカールに微笑むマリンダ。
自分が好きなことを相手にも共有して欲しい。カールがそう思ってくれるのも、その相手が自分であることが凄く嬉しかった。
だから答えは決まっている。
「勿論ですわ」
「はは、そう言ってくれると思った」
二人は馬の世話をしていた年老いた厩務員に声をかける。
「すいません、乗馬をしたいのですがいいですか?」
「はい、勿論ですよ。おや、マリンダお嬢様ではないですか」
「わたくしの事を覚えていて?」
「それはもう。オブライエン様が幼いお嬢様を連れて何度も来てくれましたからね」
厩務員はマリンダの事を覚えていたようだ。
確かに貴族の嗜みとして、小さい頃父によく連れられて馬に乗る訓練をしていた。自分もそうだが、弟に付き添って教えていたのもマリンダである。
だがあれから十年近く会ってないというに、まだ覚えているとは思わなかった。
「幼い頃からご立派でしたが、益々ご立派になられて」
「ありがとうですわ」
「どれ、お嬢様に乗せるに相応しい馬を用意致しましょう。ついてきてください」
厩務員に言われて、マリンダとカールがついていく。
待っているように言われると、厩務員が立派な馬を一頭連れてきた。
「こちらの馬は大きくかしこいです。乗馬にも慣れているので、お二人が乗られても大丈夫ですよ」
「綺麗な子ですね」
「美しいですわ」
厩務員が連れてきた馬は毛並みもよく立派だった。その気高い姿に、つい見惚れてしまうくらいに。
このままの服では危ないので、二人は乗馬用の服に着替えて準備をする。カールが先に乗ると、マリンダに手を差し伸べた。
「さぁ、マリンダ嬢」
「ええ」
マリンダがカールの手を掴むと、ぐっと持ち上げられる。カールの後ろに乗ると、厩務員に見送られながらゆっくりと進み出した。
「久しぶりに乗りましたが、気持ち良いですわね」
「そうだろう? どれ、マリンダ嬢も思ったより平気そうだし、もう少し速度を上げようか」
「ふふ、よろしくってよ」
「そう言ってくれると思ったよ。俺の腰にしっかり捕まって」
「はい」
言われた通り、マリンダはカールの腰をぐっと掴む。
すると、歩いていた馬が颯爽と走り出した。思った以上に速度が出て振り落とされそうになったマリンダは、思わずカールの背中に抱き付いてしまう。
「大きい……ですわ」
カールの背中は男らしく固く、そして大きかった。
もっと彼を感じたいと、マリンダはカールの背中に身体を預ける。
「何か言ったかい!?」
「いえ、なんでもないですわ!」
「そうか、ならもっと速度を上げるよ!」
気分が乗ってきたのだろう。
楽しそうなカールは、馬に頼んで速度を上げてもらう。大地を力強く蹴る馬に揺られ、変わりゆく景色を確かに爽快だった。
だがそれ以上に、マリンダはカールの背中に意識が集中してしまう。
こういう時でもないと、カールに触れることはできない。だからマリンダは、どさくさに紛れて目一杯抱き付いた。
ドクンドクンと、心臓が激しく高鳴っている。もしかしたら、この鼓動が彼に伝わってしまうかもしれない。
子供のように純真な笑顔を浮かべるカールを見上げながら、“それでもいい”とマリンダは思ってしまうのだった。
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