これは恋なのだ
「まだかのぉ~」
「とっくに帰ってくる時間ですわよね」
「あの野郎、まさか姉さんと朝帰りとかしてこないだろうな」
「「お嬢様……」」
バルクホルン家の者達は、マリンダが帰ってくるのを今か今かと待ち侘びていた。
皆、マリンダとカールのデートに興味津々なのだ。
オブライエン達は今朝の出来事を思い出す。
突然朝から第三王子のカールが来襲してきた時は驚きに驚いたが、マリンダをデートの誘いをしに訪れたと聞いて時はもっと驚いた。
「「ででで、デートですか!?」」
「はい」
「わ、分かりました! では、ご案内します!」
と言って、動揺するオブライエンはまだマリンダがぐっすり眠っているというのにカールを部屋へと連れて行ってしまう。
それからはもう大変で、緊急家族会議を開いた。
「な、何でカール王子が我が家に!?」
「しかもマリちゃんをデートに誘いにきたみたいよ!」
「おいルクス、お前何か聞いてないのか?」
「いや、僕は何も聞いてないよ」
「むむむ、王子の考えは分からんがこうしちゃおれん! デートという事はマリンダに少なからず好意がある筈だ! バルクホルン家の力を合わせて最大のおもてなしをするぞ!」
「「はい!」」
そんな感じで盛り上がり、メイドも執事達も大慌てでお茶会の準備をする。
急遽庭にテーブルと椅子を準備して、カールが「怒られてしまいました」と戻ってきたら、庭に呼んでお菓子と紅茶を用意する。
「いやいや、カール王子もご立派になられまして」
「あはは、そんなことないですよ~」
「いえいえ、とてもかっこいいですわ。さぞおモテになるでしょ?」
「まぁボチボチですかねぇ~」
退屈させないように話を盛り上げようとしたのだが、カールはカールで話術が上手く話しが弾んでいた。
ルクスも一緒に居たのだが、必死な両親を見て(我が親ながら凄いな……)と呆れ返っていた。
おめかしをしたマリンダがやって来て、カールと共にデートに行くのを見送った後。
バルクホルン家はマリンダが帰ってくるまでの一日中ずっとそわそわしていたのだ。
「なぁイリーナ、“もしかして”があると思うか!?」
「わからないですわ……ですけど、もしそうだったら最高ですわねぇ」
「でも、相手があのカール王子だとはなぁ」
今になって頭が冷えてきたオブライエンは、う~むと唸る。彼が心配するのも無理はないだろう。
なにせ第三王子のカールはヤンチャで女性にもダラしない典型的なチャラ男という噂だ。王子とはいえ、そんなチャラ男に大事な娘を嫁に出すのはいかんともしがたい。
そりゃ三度の婚約破棄に、社交界を100敗して落ち込んでいるマリンダに結婚相手(しかも王子)ができるのは物凄く喜ばしいことだが、最悪の場合弄ばれた上に捨てられるかもしれないのだ。そうなったらもっとマリンダを悲しませることになってしまうのではないだろうか?
そんな心配をしている両親と執事メイド達に、カールと友人であるルクスが「それはないよ」と告げる。
「確かにカールは噂通りの男だけど、誰かに迷惑をかけたり傷つけたりする男じゃない。王家に相応しい、芯を持っている奴さ」
「ほほう、ルクスがそこまで人を褒めるなんて珍しいな」
「それほどカール王子が素敵だという事ですわねぇ」
ルクスは余り他人と慣れ合わず、自分が認めた者しか懐に入れない。
そんな彼のお墨付きというのなら、カールは噂通りのダメ王子ではないのだろう。
「まぁ、もし姉さんを泣かせるような真似をしたら僕がぶっ殺すけどね」
((こういうところなんだよなぁ……))
笑顔で物騒なことを放つルクスに、皆が目を細めてドン引きする。
ルクスは顔も良いし能力も高いしいずれバルクホルン家を継ぐ跡取り息子で非の打ち所がない正に優良物件。
超が付くほどのシスコンを除けば、の話になるのだが。
姉さんが結婚するまで僕も結婚するつもりはないと頑なに婚約話を断るし、ルクスはルクスでかなり変わっている。
シスコンなのには困ってしまうが、それだけルクスが優しく姉想いだという事だった。
と、そんな時――。
ついにマリンダがデートから帰ってきた。
「お、おかえりマリンダ、どどど、どうだった?」
「おかえりマリちゃん、王子とのデートは楽しめた?」
「おかえり姉さん、あいつに何かされてないよね?」
「「おかえりなさい、お嬢様!」」
待ってました! と言わんばかりに、バルクホルン家一同が屋敷に帰宅したマリンダへと詰め寄る。
カールとのデートはどうだったかと質問攻めにするも、マリンダはボーっとしているのか全く声が届いていない様子だった。
ふらふらしながら、そのまま自分の部屋に向かってしまう。そんなマリンダの反応に、オブライエン達は不思議そうに顔を見合わせる。
「あれはどうなんだ? 上手くいったのか? それともダメだったのか? なあどっちだと思う?」
「どっちとも取れる反応でしたわよねぇ」
「多分良かったんじゃない? ダメだった時はいつも騒ぎ立てるからね」
「「そうでございますね」」
ルクスの意見に、執事やメイド達が同意する。
社交界で惨敗した日には凄く落ち込んだり怒ったりと、マリンダは喜怒哀楽が激しく分かり易い性格をしている。
今回それがないとなると、カールとのデートは成功したのではないだろうか。
「そういう事か! ならば今宵はマリンダとカール王子とのデート成功祝いに宴を開くぞ!」
「まぁ、いいですわね」
「「すぐにご準備致します」」
(姉さん、上手く行って良かったね……)
宴だ宴だと周りが騒いでいる中、ルクスは姉の部屋の方を向いて微笑んだのだった。
◇◆◇
「はぁ……」
ベッドに身を預けてから、何度目のため息だろうか。
マリンダの頭の中はカールで一杯だった。
自分を楽しませようとしてくれた行動。自分に見せてくれる人懐っこい笑顔。自分にかけてくれた言葉。国と民の未来を見据える真剣な眼差し。その全てが愛おしくて、彼の力になりたいと思っていた。
「カール様……」
何度も彼の名前を口ずさむ。
その姿はまるで、初めて恋を知った少女のようだった。
いや、きっとこれは恋なのだ。
マリンダは三度も婚約をしているし100回も社交界に敗れている、二十七歳のアラサーだ。人生経験で言えばどの未婚女性よりも豊富であることに違いない。
しかし実はその中で、殿方に対して本気で恋焦がれたことはなかった。
何故そう言い切れるのか。
だって、これほどまでに胸がときめいた事が今まで一度もなかったから。
カールのことを考えるだけで、顔がカーッと熱くなりドクンドクンと胸が爆発しそうなくらい鼓動が高鳴る。
愛読している恋愛小説の中に、『恋をするのに年月は関係ない』という言葉がある。その言葉の意味がようやく分かった。
カールと出会ったのは昨日の夜で、今日を含めてたったの二日だけだけど、それでも己の心はカールに奪われてしまったから。
「これが……恋なんですのね」
二十七年間生きてきて、マリンダは初めて恋というものを知ったのだった。
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