デート
マリンダとカールが訪れたのは、バルクホルン侯爵領で一番栄えてる街だ。
宿屋や出店も多く存在し、行商人や旅人も多く見られる。王都の街並みにも劣らぬ程活気づいていた。
「さぁマリンダ嬢、こちらです」
「服屋……ですか?」
そんな街中で、一番最初に連れて来られたのは比較的低価格な服屋だった。
どうして服屋に来たのか問うと、カールは女性の店員に笑顔で話をしながら、
「マリンダ嬢が着ているそのドレスはとても素敵だけど、少し仰々しいと思ってね。もう少しラフな格好にしないと浮いてしまうかな。それじゃあ皆に一歩引かれてしまうよ」
「そ、そうですか……」
ドレスの裾を持ち上げながらキョトンとするマリンダ。
確かにドレスを着ていると高貴な者であると言っているようなもので、待ちゆく人に敬遠されてしまうかもしれない。
という事で、マリンダはカールの着せ変え人形となった。
「これは……」
「いいねぇ!」
「これはどうですか?」
「素晴らしい!」
「似合いますか?」
「最高だよ!」
店員から勧められた服を代わる代わる着替えながら、カールに感想をもらう。しかし、どれも良い言葉しか返ってこないのでどれにするか決めかねていた。
最初は恥ずかしいながらも「美しい」とか「素敵だよ」と褒められて浮かれていたが、段々と疲れてしまう。
「マリンダ嬢は何を着ても似合ってしまうから悩むな~」
「お世辞はいいですから、いい加減決めてくださると助かりますわ」
「そうだね~じゃあ今着ているのにしよう! うん、それが一番似合ってるよ。店員さん、これをお願いします。後俺のはこれで」
「はい、お買い上げありがとうございます」
マリンダとカールは、高貴な服から庶民が着るような質素な服に買い着替えた。
それでも二人の高貴なオーラを拭うことができず変装しているようにしか見えないが、幾分かマシにはなっただろう。
庶民モードになったマリンダとカールは、街中をぶらりと歩く。
目的もなく、カールが気になった出店に向かった。
「マリンダ嬢、これを被ってみてよ」
「ちょ、ちょっと……」
様々な形の帽子が打っている出店を見学し、その中から麦わら帽子を一つ取ってマリンダの頭に被せた。
「うん、凄く似合ってるよ。店主もそう思わないかい?」
「そらもうばっちりよ! 別嬪さんがもっと綺麗になったぜ!」
「もう、からかわないでくださいまし。でも、お二人の言葉はとても嬉しいですわ。ありがとうございます」
「じゃあ店主、これを一つ貰うよ」
「毎度! 別嬪さんだからオマケしといてやるよ!」
「助かるよ。そうだ店主、ちょっと聞きたいんだけどさ――」
それからカールは帽子屋の店主と一言二言世間話をしてから、マリンダを連れて今度は焼き鳥屋から数本焼き鳥を買うと、店の前に設置してある椅子に座る。
「マリンダ嬢はこういうのを食べたことがあるかい?」
「いいえ、お恥ずかしながら食べたことありませんわ」
「そうなんだ。ならちゃんと見ててごらん、焼き鳥は豪快に食べると美味しいんだ。こんな風にね」
そう言って、カールはパクリと焼き鳥を口に咥えて引きちぎりながら食す。
確かに余計美味しそうに見えた。やってごらんと言われたのでマリンダも挑戦すると、
「お、おいひいでふわ。ちょっと固くて味が濃いですけれど」
「そうだろ?」
素直な感想を述べると、カールは満足そうに頷いた。
侯爵令嬢のマリンダは今までこういうのは食べてこなかったが、食べてみればかなり美味しかった。かなり濃い味付けも、固い質の鶏肉も身体に毒な感じではあるが、それが逆に美味しいのだ。
「おいおい嬢ちゃん、褒めるか貶すかどっちかにしておくれよ」
「あっ……」
またやってしまった。
『つい思ったことが口に出てしまう』、自分の悪い癖が出てしまった。この癖のせいで何度も相手を傷つけてきたし、『毒舌令嬢』なんて呼ばれるようになったのだ。
店主に悪いことをしてしまったし、こんな嫌な女を見てカールは嫌な気持ちになってしまうだろう。
そう思っていたのだが――、
「ふふ」
「な、何が可笑しいのかしら?」
「いや、口周りにタレがついているからつい」
「あら、わたくしとした事がはしたないですわ」
「初めて食べるのですから仕方ないですよ。じっとしておいてくださいね」
そう告げるや否や、カールはポケットからハンカチを取り出してマリンダの口元についているタレを拭き取った。
「~~~~っ!?」
こういう事をしたことはあるが、された事はなかった。
カールの紳士的な振る舞いに、マリンダはうら若き乙女のような顔を浮かべて俯いてしまう。
「といった感じで、彼女に悪気はなかったんですよ。レディが口元にタレがついているのに気付かないほど美味しいってことですから」
「はは、見りゃわかるよ」
カールが店主にそう告げると、店主はやれやれといった風にため息を吐いた。
自分の悪い癖に嫌な顔一つするどころかフォローしてくれたカールにマリンダが感心していると、他の男性客がやってくる。
「店主、私にも二つください」
「あいよ!」
「ふふ、お二人が美味しそうに食べているもんですから私もつい食べてみたくなりましたよ」
「それは光栄ですね」
「は、恥ずかしいですわ……」
行商人だろうか。
カールとマリンダが焼き鳥を美味しそうに食べている場面(イチャイチャ)をたまたま通りがかった柔和な男性の目に留まったのか、同じように焼き鳥を頼む。
カールが「ご一緒しませんか」と尋ねたら、「是非」と了承してくれた。
「そちらはデートですかね?」
「そんな感じです」
「いや~いいですね~。私も昔は妻と色んな所を見て回ったもんですよ~」
「商人をしてらっしゃいますよね? どこから来られたのですか?」
「私は隣国からやってきましたよ」
カールは行商人と他愛のない世間話を繰り返す。
その会話を、マリンダは口を挟むことなく真面目に聞いていたのだった。
◇◆◇
それからもマリンダとカールは様々な場所を訪れ、デートを楽しんだ。
カールの隣を歩きながら、マリンダはふと思ってしまう。
このままずっと楽しい時間が流れてくれればいいのに……と。
だが、楽しい時間ほどあっという間に過ぎ去ってしまうのが世の常だった。
「そろそろ時間だね、馬車のところに戻ろうか」
「そう……ですわね」
日が沈む頃、夕暮れを見上げながらカールがそう言った。
彼が言う通り、デートの時間はこれで終わりだ。そろそろ来た場所に向かって馬車を待たなければならない。
分かってはいるのだ、マリンダも。
だけど、どうしてか足が鉛のように重たくて一歩が動き出せなかった。
どこか寂しそうな空気を纏っている彼女に気が付いたカールは、マリンダの手を引っ張った。
「そうだ、最後にもう一か所行ってみたい所があったんだ」
「えっ? そうなんですの?」
「そうさ、だから行こう」
王子が行きたいというのなら仕方ない。
寂しそうな顔から一転し、明るい笑顔を浮かべてついていく。
カールがついてきたのは、街を一望できる高台だった。
「綺麗ですわぁ……」
「うん、そうだね」
夕暮れと街を一望できる美しい眺めにマリンダが感動していると、カールが街を見下ろしながら静かに話し出した。
「バルクホルン侯爵領は良い場所だね。領民も皆笑顔を浮かべて元気にしているし、明るく活気づいている。ここだけではなく他の場所も見て回ったけど同じだったよ。きっとオブライエン殿やイリーナ殿にルクス、それにマリンダ嬢が良き統治をしているからだろうね」
「お褒めに預かり光栄ですわ、王子」
王子の立場からバルクホルン侯爵領を褒めてくれたカールに対し、マリンダも礼儀正しく接する。
「ねぇマリンダ嬢、俺はね、実際に自分の足で向かい見てみないと分からないとつくづく思うんだ。王宮の中で届けられてくる紙切れにただ判子を押すだけじゃダメなんだよ」
「そう……ですわね」
侯爵家の人間として、カールの考えはよく分かる。
下から上がってくるだけの報告だけでは事実が捻じ曲げられることはしょっちゅうある。だからオブライエンもイリーナも、出来る限り現地に向かって領民の意見に耳を傾けてきたのだ。
「今国民達が何を思い、どんな不安や不満を抱いているのか。それをこの耳で聞かなくちゃ良き統治はできないと思ってる」
「それで……」
カールの言葉を聞いたマリンダはデート中のことを思い出す。
服屋の店員には「最近何か困ったことはないかい?」と聞いていた。
帽子屋の店主には「揉め事とかない?」などと聞いていた。
行商人には「あちらの国はどうですか?」と隣国の情勢を聞いていた。
どれもただの世間話に過ぎないが、国民や隣国の情報を得ていたのだ。
「王政はいずれ王になる長男や、長男を支える次男がするだろう。でも、兄達の立場では中々王宮の外に出ることはできない。
だから俺がやるんだ。王政に余り関与しない第三王子の俺が、国民の声を聞く。それが俺の役目だと思っているし、夢なんだ」
「王子……」
マリンダは大きな勘違いをしていた。
第三王子のカールは幼少の頃からいたずらっ子で、城を抜け出しては周りに迷惑をかけ困らせている。それは大人になっても変わらず、王子としての務めを全く果たさないでギャンブルや女性に現を抜かしていた。
“自由奔放な第三王子”。
そういう噂を真に受けていたが、そうではなかった。
彼は自分にしかできない事で、国の力になろうとしていたのだ。
カールの真意を知ったマリンダは、彼に正しく向き直り口を開いた。
「ご立派ですわ、カール王子。てっきり噂通りのお人かと思っていましたけど、王子には王子の深きお考えがあってのことでしたのね」
また余計なことを言うマリンダ。
わざわざ付け足さず褒めて終わりでいいのに。だから三度も婚約破棄をされるのだろう。
だが、カールは全く気にせず微笑んだ。
「いや、噂は大体合ってるよ。美しい女性が居たら口説かずにはいられないし、ギャンブルも楽しいしね。それに、王宮に引き籠っているのもただ性に合わないだけなんだ」
「え、ええ……」
あははと頭を掻きながら本音を告げるカールに引いてしまうマリンダ。
折角カールの株が急上昇したというのに、今の発言で台無しじゃないか。
だが、それはそれでカールらしいかもしれない。
そういう自由奔放な彼だからこそ、国民に寄り添える王子になりえるのだろう。
そしてマリンダも、そんなカールを嫌いではなかった。
「おっといけない、このままだと大分待たせてしまうね。帰ろうか、マリンダ嬢」
「はい」
こうして、マリンダとカールの初デートは終了したのだった。
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