デートのお誘い

 



「きゃああああああああ!!」


 朝っぱらから悲鳴を上げる。

 淑女としてはしたない行為ではあるが、今回ばかりはしょうがないだろう。


 だって、目が覚めたら第三王子であるカールが呑気に紅茶を飲んでいるのだから。


「あ、あ、貴方ね! レディの部屋に勝手に入るなんて何を考えているの!? それもわたくしが寝ている間に……例え王子であろうとも許しませんわよ!」


「いや~、とても可愛らしい寝顔でしたよ」


「~~~~~っ!!」


 声にならない声を上げるマリンダは、頬を赤く染めながら枕を投げつける。


「わたくしの部屋からとっとと出て行ってくださいまし!」


「ごめんごめん、わかったからそう怒らないでよ」


 枕とか小物とか色々投げつけられたカールは、謝りながら退散する。


「はぁ……はぁ……」


 見られた、見られてしまった。

 化粧をしていない27歳寝起きの素顔も、梳いていないぐしゃぐしゃな髪も、無防備な寝顔も、全部カールに見られてしまった。


「恥ずかしくて死にたいですわぁ……」


 両手で顔を覆いながら項垂れるマリンダ。

 そもそも何故カールがうちにいるんだ? 自分に用があってやってきたのだろうか。


 例えそうであっても、どうして寝ている自分に知らせず勝手に部屋に通したのだろうか。執事やメイド達はいったい何をしている。後でとっちめてやらなければならない。


「はっ! こうしてはいられませんわ」


 不逞をされたといっても、相手は王子だ。

 いつまでも待たせておく訳にはいかない。マリンダは急いで髪をとかし、化粧を施してから外服に着替える。


「よし、ですわ」


 鏡に映る完璧な自分に満足してから、部屋を出て広間に出る。

 だが、そこには誰も居なかった。おかしいなと首を傾げていると、庭の方から笑い声が聞こえてくる。


「いや~、カール殿は噂通り面白いお人ですな~」


「ほんとほんと、お喋りとがとてもお上手ですわ」


「いや~それほどでも~」


「君さぁ、ちょっと和み過ぎじゃない?」


(何ですの……これは?)


 庭に向かうと、両親と弟とカールがテーブルを囲んで楽しく談笑しているではないか。

 しかもその四人を見守るように、バルクホルン家の執事とメイドが周りで待機している。


 これはいったいどういう事だろうかと呆然としていると、オブライエンとイリーナがマリンダに声をかけてくる。


「お~マリンダ、仕度は済んだのか?」


「マリちゃんが準備している間、カール君とお話してもらっていたのよ。もう楽しくって楽しくって」


 うふふと微笑むイリーナ。

 王子に向かって君付けとは……流石は恐い物知らずの母である。


「そ、そうですか。それよりも、カール様はどうしてこちらに?」


「あれ、さっき言わなかったかい? 君をデートに誘いに来たんだよ」


「デート……デート!?」


 デートと聞いて驚愕するマリンダ。

 寝起きで余り覚えていないが、そういえばそんな事を言っていた気がする。

 でも、何故突然自分なんかとデートを? 何かに間違いではないのか?


「ほらほら姉さん、行ってきなよ。馬車は用意させてあるからさ」


「ちょ、ちょっとルクス!」


「さぁ行きましょう、マリンダ嬢」


「はぁ……わかりましたわ」


 弟に背中を押されつつ、カールに促されたマリンダは仕方なく馬車に乗り込む。

 すると、バルクホルン家一同が見送ってきた。


「楽しんでくるんだぞ」


「行ってらっしゃい」


「楽しむのはいいけど姉さんに手を出したらぶっ殺すからね」


「「行ってらっしゃいませ、お嬢様」」



 ◇◆◇



「カール様、今日はどういったお考えで?」


「そんなに警戒しないでくれよ。ただ純粋にマリンダ嬢と遊んでみたいと思っただけさ」


「ご冗談はよしてくださるかしら」


「冗談じゃないのになぁ」


 冗談じゃない?

 なら本当に自分をデートに誘ってきただけなのだろうか。

 カールの考えが読めない。まぁ元々、カールは何を考えているのか分からない自由奔放なお人だ。今回のデートというのも、単なる彼の思いつきや気まぐれなのだろう。


「初めて話したけど、父上と母上は貴女に似てとても面白い方達だね。少しの時間だけだったど凄く楽しかったよ」


「そ、そうですか……」


 笑顔でそう言ってくるカールに、マリンダは苦笑いを浮かべる。


 別に両親のことは嫌いではないし寧ろ大好きではあるが、あの二人と似ていると言われるのは心外だ。

 ぶっちゃけオブライエンとイリーナは侯爵家に相応しい振る舞いをしておらず、両親のようにはならないと自分自身とルクスに厳しくしてきたからだ。

 そうだ、ルクスといえば一つ気になることがあった。


「そういえばカール様、ルクスとはお知り合いなのですか? 大分親しく見えましたけれど」


「あ~ルクスは学生時代からの友人なんだ。卒業した今でも、彼とは親しくさせてもらっているんだよ」


「へぇ、そうなんですの」


 愚弟め、そういう重要な事は予め言っておきなさいと胸中で突っ込む。

 昔からそうだ。ルクスは姉に構ってばかりで自分の話をしたがらない秘密主義なところがあった。帰ったら隠していることを吐かせてやる。


「カール様、お嬢様、到着致しました。時間になりましたらお迎えに上がります」


「ありがとう」


「ありがとうですわ」


「さぁマリンダ嬢、お手を」


 馬車から下りようとしたら、先に下りていたカールに手を差し出される。


「あ、ありがとうですわ」


 マリンダは照れながらカールの手を掴み、馬車から下りる。

 なんというか、ズルい。今までの婚約者はマリンダにろくなエスコートをしてくれなかったから、こういった紳士風にエスコートされる事が無性に嬉しかった。

 いわゆる胸キュンというやつである。


 というか、王子の癖に慣れ過ぎではいないだろうか。

 流石は女性にダラしない第三王子だ。きっと他の女性にも優しくしているに違いないと嫉妬してしまう。


(嫉妬……?)


 今、自分は何を思ったのだろうか。

 まさか嫉妬したとは言わないだろうな。

 ははっ、笑えてくる。たかが一日ダンスを踊っただけの相手に、27歳のおばさんが嫉妬してしまうなんてどれだけ愚かで醜いのだろうか。


 そんな風に卑屈になってしまいそうになった時、カールがマリンダの手をぐっと引っ張ってくる。

 そして暗い顔を吹っ飛ばすような笑顔でこう言ってくるのだ。


「さぁ、行きましょう」と。

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