寂しい子供

「……それで、どうなったの?」

 しんしんと、雪が降っている。

 真っ白に曇った車窓の外を眺めながら、莉花は告白の先をうながす。

「そうですね。あまり覚えてませんが、そのときは僕が立ち回って、女の子をうまく誤魔化しました。父と僕は、二人で家に帰りました」

 自分たち以外誰もいない車内。

 真一郎は淡々と静かに話している。

「でもね、同じようなことが何度も起きました。僕は父から目を離さないようにしていましたが、ある日とうとう、父は家に知らない女の子を連れてきてしまったんです」

 電車は地元とは反対の方向に進む。

 一体、私たちはどこへ向かっているのだろう……

 莉花はぼんやり思いながら、真一郎の言葉に耳を傾ける。


 ◇◆◇


 自宅の玄関に見慣れぬ女の子の靴を見つけたとき、真一郎はとうとうこんな日が来てしまったと思った。

『母に電話を……いやっ、だめだ……』

 頼ることはできなかった。行方知れずになった妹を案じながらも、仕事に戻らなければならなかった母に、これ以上、心労をかけることはできなかった。

 そもそも、自分が妹との約束を破ったから、妹は消えてしまい、こんなことになったのだ。父のことは、自分で対処しようと決めた。普通の子供よりもずっと頭の良い自分には、それができると思い込んでいた。

『こんにちは……』

 リビングには、妹と同じボブヘアーの女の子が、どこか怯えた様子でココアを飲んでいた。

 父は上機嫌に鼻歌を歌いながら晩ご飯を作っていたから、真一郎はこっそり少女の手を引っ張って廊下に出た。

『大丈夫? 恐かったよね? なんて言われてここに連れてこられたの? あの人、ちょっと、おかしいんだよ……』

『べつに』

『心配しないで。僕がちゃんと、おうちに帰してあげるから』

 そう優しく励ました次の瞬間、真一郎は予想もしない反発にあう。

『……嫌!! 私、絶対帰らないっ! お母さんに、また殴られるのは嫌!!』

『え……』

 言っている意味が、はじめ分からなかった。

 ふと視線を落とすと、袖口から紫色の痣が覗いていた。袖をまくると、紫、茶色、赤、青、色とりどりの痣が踊っていた。

 虐待、というテレビでしか聞かない言葉を口にしかけ、真一郎は沈黙した。

 その日の晩ご飯は、妹がいなくなってから初めて父が笑顔を見せていた。

『由紀、美味しいか? 今日のハンバーグは、自信作なんだぞ~』

『……はい、美味しいです……』

 父は見知らぬ少女のことを由紀と呼び、由紀と呼ばれた少女が愛想笑いを返す。その様を、真一郎は寒々しい想いで眺めていた。

 結局、数日で少女は帰った。

が、そうするとまた父から笑顔が消え、虚ろな目で妹を探し始める。何度もやめさせようとしたけれど、目を離した瞬間、子供を連れてくるのだ。それも、子供のほうも同意してやってくる。

 一体、この世界はどうなっているのだろう、と笑いたくなった。

 それとも、娘を求める父親と寂しい子供は引き合うのだろうか?

 やがて、真一郎は父と少女たちの誘拐ごっこを許容するようになっていた。

 そんなある日、倉科という刑事が自宅に訪れた。そこではじめて、警察では由紀の失踪と自分たち親子の幼女連れ去りを、連続幼女誘拐事件として捜査していることを知った。

『真一郎くん。妹さんの捜索のために、よく思い出してほしい。由紀さんが知らない大人と話しているところを見たことはないかな?』

『……由紀はいつも家にいたので、そんなことはないです』 

『本当にそうだろうか? 由紀さんは病弱だったと聞いているけれど、ときどきは家族で外に出たりもしただろう? 大事なことなんだ。よく、思い出してほしい』

『……そんなことは、ありません!』

 倉科の鋭い視線に、真一郎は父だけに誘拐を任せておけないと思った。

 誘拐は犯罪だ。もちろん、賢い真一郎は知っている。

 けれど、いいじゃないか。

 誘拐される少女は同意してやってくる。彼女たちが来ると、壊れた父にも笑顔が戻り、精神が安定する。ウィンウィンという関係だ。

 由紀が見つかるまでの間だけ、と、真一郎は世間の善悪の基準から目をそらしたのだった。


『もうこんな遅い時間なのに、おうちに帰らないの? お母さんが心配するよ?』


 その日を境に、真一郎は由紀の赤いコートを身に纏う。警戒されないよう女の子のふりをし、由紀の代わりを父と探す。

 目をこらすと、寂しい子供は少なくなかった。真一郎が声をかければ、意外にみな、ついてくる。一日で帰りたがり帰した子もいるし、父が急に冷静になって帰した子もいた。

 幸か不幸か、真一郎が間に入ることで、それまで以上に誘拐はうまく運ぶようになってしまった。

 そして……

 彼は、本宮莉花と出会うことになるのである。


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