バレンタインの告白
杉崎真一郎(すぎさきしんいちろう)は頭脳明晰である。
全国模試では常に上位。冷静沈着で空気を読み、相手の心を読み、その場を支配する。かといって、妬まれるほど前には出ないし、埋もれるほど地味でもない。
清潔な服装、清潔な髪形を意識して作り、バレンタインデーで勝ち組になる程度には女子の人気を集めている。
その上、彼には敵が少ない。相手が馬鹿者でも利口者でも分けへだてなく接し、それとなく彼らの上に立ち、それを納得させる立ち回りこそが、真一郎の賢さを表している。
しかし、そんな彼にとっても、彼女、本宮莉花(もとみやりか)は理解できない存在であった。
例えば、二月十四日。
図書室で時間を潰していると、普段は近寄ってこない彼女に、人気のない場所へ連れ出された。
バレンタインの浮かれた空気に、ほんの少しだけ期待して行ってみると開口一番。
「ねえねえ。チョコレートと回し蹴り、どっちがいい?」
「……本宮さんの回し蹴りを欲しがる輩は、この学校にはいませんよ?」
同じクラスのこの少女は真一郎とは反対な意味で、有名人だった。
馬鹿ではない、筋肉なのだ。
三年連続、○○県高等学校空手道大会個人優勝者。
この勉強第一の進学校が、全国有数の空手強豪校となったのは、身長143センチ。小柄で栗色の瞳が小動物を思わせる、彼女がいてこそである。
ぎゅうぅぅと胸にチョコレートを抱きしめながら、莉花は嬉しそうに笑った。
「よかったぁぁぁ! 私、一生懸命、チョコレートを作ったの。生まれて初めてだから、受け取ってくれなかったらどうしようかと不安で、ドキドキしてたんだぁぁ」
両耳の下でゆるく二つに結った薄茶の髪が、ふわふわ揺れている。柔らかそうな頬はバラ色だ。
とてもとても、可愛い。
しかし、騙されてはいけない。彼女は猛者だ。
「……本宮さん、一つお聞きしたいのですが。そのチョコレートを受け取ったら、僕はどうなるのでしょうか?」
「頭脳明晰な杉崎くんでも、女の子の気持ちはわからないのね? 女の子から真剣な手作りチョコレートを受け取るってことは、恋人になるってことだよ」
まあ、一般的にはそうだろう。
もっと言えば、彼女に近づきたいと常日頃願い焦がれ、実践もしている身としては、たいそう嬉しい言葉ではあるのだが。
「本当に? 本当に、僕と、恋人になりたいのですか?」
「うんっ!」
「なぜ?」
「え? ……えーと、好き、だから?」
「例えば、どこが? 具体的に言えますか? 言えないですよね」
「えーとぉぉ。そう、だね……たしかに、私は杉崎くんと違って馬鹿だし、どこが好きってちゃんと、うまく言えない。でも、さ……なんで、私の気持ちを、そんなに疑うの?」
上目使いで見つめられて、真一郎は思わず苦笑した。
やっぱり可愛い。
好きになってくれたら、どんなに嬉しかっただろう。けれど、彼は知っていた。
「本宮さんが、僕のことを大嫌いだと、知っているので」
「えっ……」
莉花はびくりと震える。瞬きもせずに真っ直ぐ向けられる瞳が、ゆっくりと潤んでいく。
「なんで、そんなこと言うの。ひどい、よ……私のこと、そんなに嫌いなの?」
「違います」
「じゃあなんでっ! あっ、わかった~! チョコレートが気に入らなかった? 杉崎くんはやっぱり、手作りチョコレートより、板チョコでビンタされたい系の人だったの?」
「っ……やっぱりってなんですかっ。違います!」
聞き捨てならない台詞に声を荒げ、真一郎は深い、深い、ため息をついた。
もう、うんざりだ。
「お芝居は結構です。あなたの狙いは、なんですか?」
冷ややかな声で尋ねると、彼女の大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
それはとても綺麗な涙だったが……
「ふふっ」
彼女は口を開けて笑った。悪戯がばれた子供みたいに、ぺろっと舌を出す。
「あーあ」
そういう悪びれないところも彼女の魅力の一つだと思った次の瞬間、真一郎は肝を冷やす。
「っ……」
首筋すれすれを飛んできた回し蹴り。それは寸止めの要領で、真一郎に当たることなく止まったが。
「もうっ! 杉崎くんって、ほんと頭いいね。なんでわかっちゃうの? 騙されていれば、楽しいこともして、あ・げ・た・の・に~?」
「……楽しいことって、例えばどんなことでしょう?」
「腕を組んだりとか、名前で呼び合ったりとか。恋人みたいなことだよ」
それは残念だ。
「じゃあ、騙されなかった僕は蹴られて終わりですか? そのチョコレートは受け取れませんか?」
「ううん。杉崎くんは恋人役にピッタリだから、ちょっと私とつき合ってみようよ。お礼はするよ? やりたいことがあるんだ~」
「やりたいこと?」
「高校卒業までに、連続幼女誘拐犯を生け捕りにしたいの!」
笑顔で言われ、真一郎は耳を疑った。
「今なんと?」
「だーかーら、誘拐犯を捕まえるの。私と、杉崎くんでっ」
「…………ご冗談を」
「大マジだよ~ ねえ、杉崎くん。チョコレートと回し蹴り、どっちがいいかな?」
「………………」
さて、どうしたものかと、真一郎は目を閉じた。
彼女の笑顔が消えて、代わりに回し蹴りのときに見えた残像が、鮮明に思い出される。
それにしても高校生がイチゴ柄って、どうなんだろう。まあ、可愛くて似合ってるけどね。
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