十一月二日 1

 令和五年十一月二日。

 午後零時五十分ごろ。

 月原仁は文芸部の部室の前にいた。

 灯子に昼休みに文芸部室に行くように言われていたからだった。

 部室の扉に手をかけた時に鍵がないと入れないことに気がついたが、扉は何にも引っかかることなく開いた。部室の中には木島がいた。木島は窓際の椅子に座り窓の外を眺めていた。窓自体は閉まっていたが、遮るものもなく、青い空とその下にあるグラウンドがよく見えた。

「なんで木島がいるの?」

「今朝、火村さんにお昼休みにここに来るように言われたの」

「じゃあ、僕と一緒だ」

 仁は自分が呼ばれた理由は分かっていた。窃盗事件について、昨夜中に考えをまとめ今日の昼休みに説明すると、灯子から聞いていた。しかし、木島が呼ばれた理由が分からない。窃盗事件について何かを知っているということだろうか。

「やあ。入らないのかい?」

 扉を開けたままの姿勢で止まっている仁に、近くまで来ていた水崎が声をかけた。

「なんで水崎がいるの?」

「火村さんに文芸部室まで行くように言われてね。……入らないのかい?」

「ああ。入るよ」

 水崎に促され文芸部室に入る。仁に続けて水崎も文芸部室に入った。

「こんにちは。木島さん、だよね?」

「はい、木島です。こんにちは、水崎くん」

「木島さんは、僕が火村さんに呼ばれた件と関係しているのかな?」

「さぁ、どうなんでしょう。私も火村さんに呼ばれてきたんですけど……」

 水崎は周りを見回し、

「その肝心の火村さんがいないみたいだけど。月原くんは何か聞いてる?」

「いやあ、僕も灯子は先についているものだと思ってたから」

 仁と灯子と水崎の三人は三年一組だ。灯子は三人の中で誰よりも先に教室を出て行っていた。

「お、みんな揃ってるな」

 灯子の声がした。部室にいた全員の視線が部室の出入り口に向かう。灯子は文芸部室に入ってくるところで、

「集まってもらったのは、一昨日の窃盗事件に関する私の考えを聞いてほしかったからなんだ」

 と続けた。

「僕らが聞く必要はあるかい?」

 水崎が言った。視線は一度木島さんに向けられ、すぐに灯子に向いた。水崎は、仁は窃盗事件に関しての話を聞く必要があると思っているようだった。

「まあ、いったん聞いてほしいかな。それに、昨日犯人が分かったら教えてくれっていってなかったか?」

「言ったかな? 覚えてないけど」

「言ってたよ。まあ、少しくらい良いじゃない。文化祭が終わって多少は暇になったろうし」

「そこまで暇じゃないけどね。まあ、聞くだけ聞くよ」

 灯子は木島に視線を向けた。木島は首肯で応えた。

 灯子は三人に向かって話し始める。

「まず、文化祭の日に起こった窃盗の情報をまとめておこう。被害あったのは一年二組と四組、そして二年と三年の一組から四組の生徒だ。カバンやロッカーの中から盗まれており、ロッカーに関しては鍵がかけてあったのにその中から盗まれていたらしい。鍵を壊された形跡はなく、おそらくピッキングで鍵を開けられている。被害が広範囲のために犯行は長時間に渡って行われていたと思われるが、どのくらいかは分からない。ただ、九時四十三分の時点で犯人と思われるミイラ男が二年の教室がある三階を歩いている姿が撮影されている。生徒会が撮影した文化祭の資料用映像だ」

 灯子はスマホを取り出して、三人に画面を向けた。動画が再生されており、その内容は正門側から校舎を写したものだった。窓越しにミイラ男が三階の廊下を歩いているのが見てとれる。肩からカバンをかけているのも分かる。遠目なので確実とは言えないが仁のエナメルバッグに見える。

「そして、正確な時間ではないけれど十時か十一時くらいにこれと同じ特徴のカバンを持ったミイラ男が他人のロッカーを開けようとしているのが目撃されている。一年生の教室でだ。つまり、時系列でいうと、犯人は三階の二年生の教室で盗みを働いたあと、四階の一年生の教室に盗みに入ったということになる。そして、三階四階と盗みに行く前に、順当に考えれば、二階の三年生の教室に盗みに入っている。その中でも一番最初に一組の教室に入ったはずだ」

 灯子はスマホの画面上のミイラ男が身につけているカバンを指差し、

「だから、犯人は仁のカバンを持っていた。一組で最初に目についた空っぽな上に容量のある仁のカバンを盗んだんだ。他の盗んだものを入れるためにな」

「それで僕のカバンに盗まれたものが入っていたんだね」

「そう。そして、そのカバンは二時くらいに部室棟への渡り廊下で発見される。カバンの中に盗まれていたものが入っていたために、持ち主の仁に容疑が掛かっている。それが現状だ」

 灯子は全員を見回した。

「二人は分かっていると思うけど、犯人は仁ではない。仁のミイラ男はここまでちゃんとしていない」

 灯子がスマホの画面を指差す。指の先には一時停止された動画のミイラ男がいる。

「たしかに、そうだね」

 木島は灯子に賛同した。

「僕もこのミイラ男は月原くんではないと思うよ」

 水崎も賛同した。しかし、続けて、

「ただ、このミイラ男が犯人であるとしても、これが誰かは分からないよね。この日はミイラ男がかなりの数いたし、犯人が特定できないと月原くんの容疑は晴れないと思うよ。月原くんとは仮装のクオリティが違うって言っても、ミイラ男はミイラ男だった訳だしね。実際に見ていないとクオリティが違うから別人だなんて言い訳にしか聞こえないと思うよ」

「実は犯人の目星はついてる」

「そうだったんだ。それは誰なの?」

「金子光士」

 文芸部室に一瞬沈黙が流れた。

「……なるほど。確かに、金子の可能性はあるね。ただ、他の生徒の可能性だってあるんじゃないかな?」

「可能性で言えば他の生徒の可能性もある。ただ、可能性が一番高いのが金子ってことだよ」

「……当てずっぽうや金子のイメージで言ってる訳じゃないみたいだね」

「あぁ。これから昨日調べたことから立てた仮説を聞いてほしい。文化祭の日の金子の動きはこんな感じだったんだと思う」

 灯子は文化祭当日の金子の動きについて話し始めた。


 令和五年十月三十一日の想像。

 午前八時ごろ。

 金子は部室棟の一階と二階をつなぐ階段に赤いペンキをこぼし、人が通りかかるのを待った。自分が部室棟に閉じ込められていることを知らせ、盗みがあった時間の自分のアリバイを作るためだ。そして、水崎が通りかかった。金子は水崎にペンキで通れなくなっているのを確認させ、屋上に向かった。

 金子は屋上への扉を開けた。このとき扉はピッキングされていて鍵は開いた状態だった。ピッキングしたのはおそらく前日の三十日。部室棟の垂れ幕の設置作業が終わってからだ。金子は密室状態にした部室棟から抜け出すための細工をするため、前日にピッキングして屋上に来ていた。その細工というのは垂れ幕の端に開いた穴に通されていたロープを外して垂れ幕の裏に垂らすことだ。金子は垂れ幕の裏に隠れたそのロープをつたって部室棟から抜け出した。目撃者を減らすため、おそらくこれも前日、手前のテントから梁を盗んで壊れるようにし、周りから人がいなくなるようにしていた。そして金子は校舎に向かった。

 校舎についてからは、まず、一番近い三年一組の教室から盗みに入る。このとき、盗んだものを入れておくために仁のカバンを盗んだ。鍵のかかったロッカーから盗むときはピッキングで開けていた。そして、三年、二年、一年の順に窃盗をしていく。一組から四組で盗みが行われたのはおそらく、部室棟で動きがあったときにすぐに気づけるように近くにいたかったからだろう。

 そして、盗みを終え部室棟に戻る。部室棟の階段が一部段ボールが敷かれて通れるようになっていると気が付かず、部室棟の垂れ幕の裏のロープを通って戻ろうとした。このとき、荷物になる仁のバッグは一目につかないように一旦渡り廊下の屋根の上に置いておいた。しかし、バックは乗りが甘く時間経過により渡り廊下の上に落下し、発見される。

 そして、金子自身はロープを登っている途中で足を滑らせて落下し、死亡した。

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