十一月一日 11

 令和五年十一月一日。

 午後零時五十二分。

 灯子は部室棟の屋上の前の踊り場に立っていた。

 灯子は日高と別れた後も片付けの作業をグラウンドから見ていた。部室棟の垂れ幕の回収が終わり、それから暫くして櫓の解体も終わった。さらに暫く後、灯子は部室棟の屋上での作業が終わり生徒たちが撤収した頃を見計らい屋上の前まで来ていた。

 ドアノブに手を掛ける。鍵がかかっており開かない。

 屋上前のスペースには備品がいくつか残っていた。その中に新品の垂れ幕がある。灯子は垂れ幕を敷いて寝ようかと考えたが、結構な重量があり非力な灯子では動かせなかった。

 仕方なく、灯子は立ったまま考えをまとめることにした。既に頭の中には事件の真相に関するある仮説があった。

 踊り場の狭い空間を行き来しながら考えていると、スマホに着信があった。確認すると仁からだった。

『さっき土岡先生から電話があって、明日の放課後に話すことになった』

 灯子は返信をせず、仁に電話をかけた。

「もしもし」

「どういうこと?」

「いやー、さっき土岡先生から電話があってさ。熱が下がって明日学校に行けるって言ったら、放課後に話すことになってさ」

「それって、窃盗の疑いでってことだよな?」

「そうだよ。ただ、警察には言わず内々で処理するって言ってた」

「内々でって言っても、冤罪は冤罪だろ」

「そうなんだよ。しかも、何個か壊れているタブレットがあって弁償は必要だって言われてさ」

「それも払う必要ないよ、冤罪だから」

「そうなんだけどさ。真犯人見つかった?」

「仮説はある」

「仮説? どういうこと?」

「証拠がないけど目星はついた」

「おーすごい。やっぱり灯子に頼んで正解だね」

「他人事か?」

「いや僕のことだけどさ、灯子なら見つけてくれると思ってたんだよね」

「能天気だな、相変わらず……」

「それでどうするの? 犯人を問い詰めて白状させたりするの?」

「いや、どうするかはまだ考えてるとこだよ。明日の放課後までには間に合わせるからちょっと待ってくれ」

「分かった。頼りにしてるよ、灯子」

「あぁ。じゃあ、今日は休めよ」

「うん。ありがとね」

「あぁ」

 電話が切れる。

 灯子はまた踊り場をぐるぐると歩き始めた。


 令和五年十一月一日。

 午後三時三十分。

 灯子は三年一組の教室で自席に座り、教壇の土岡が話すのを聞いていた。

「朝も言ったが金子の通夜は今夜の十八時からだ。行く場合、服装は学校の制服を着ていくこと。靴は革靴にしろ。あと、香典はいらないからな。ここまでで何か質問あるか?」

 灯子は通夜には行く予定はなかったので、質問はない。周りからの質問も出なかった。金子の交友関係には詳しくないが、おそらく誰も通夜に行かないのではないかと思った。

 土岡はしばらく生徒たちの様子を伺い、質問がないのを確認し、

「明日からは通常授業だ。みんな気持ちを切り替えて勉強に励むように。解散」

 土岡は足早に教室を出ていった。灯子はそれを追いかけた。

「土岡先生」

 灯子の呼びかけに、土岡は足を止めることなく、

「どうした?」

「月原のことなんですけど」

 土岡は足を止めた。階段の踊り場に二人で立つ。

「月原から何か聞いたか?」

「はい。窃盗の冤罪をかけられてるって」

「冤罪ね……。月原のカバンから出てきたんだよ、盗まれたものが」

「カバンは盗まれたんです」

「だか──」

 土岡の言葉が止まる。他の生徒たちも階段を降りてきていた。土岡は仁が犯人であるとは思っているようだが、犯人であることを周りに知られないように配慮はしているようだった。

「──この話は明日だ」

 土岡は歩き出したが、灯子はその前に立ち塞がった。

「待ってください」

「お前、昨日学校来てたか」

「え?」

「教室に全員集まった時いなかったな。来てたか?」

「……来てないです」

「昨日この場にいなかったなら、お前がゴチャゴチャ言うな」

「昨日この場にいなくても分かることはありますよ。馬鹿じゃないんでね」

 昨日この場にいて分かっていない土岡を馬鹿にして言ったが、土岡に怒った様子はない。単純に灯子が自分は頭がいいから分かるといった意味で言っていると思っているのだろう。

 土岡はため息を吐いて、

「とにかく今は無理だ。急ぐんだよ」

「そんなに急ぐ用事なんてありますか?」

「ある。通夜だよ。担任だから絶対行かないといけないんだよ」

「六時ですよね。まだまだ時間は──」

 土岡は灯子の言葉を遮り、

「着替えに帰るんだよ、どけ」

 土岡は灯子の横を通り抜け階段を下っていく。灯子はそれを追いかけながら土岡の格好を見た。黒のスーツだった。土岡は普段はスーツ姿ではない。今日は特別にスーツを着ているようだった。

「その格好で行くんじゃないんですか」

「靴忘れたんだよ」

 言われて足元を見ると、土岡は光沢のある紺色の革靴を履いていた。

 職員室の前に着くと土岡は振り返り、

「お前も通夜に来るなら、靴気をつけろ」

 とだけ言って職員室に入り扉を閉めた。

 灯子は閉まった扉を見つめた。次に自分の足元を見つめた。白い上履きを履いている。下足場には白いスニーカーがある。校則では、靴はローファーか白い運動靴でという指定があった。半数以上の生徒が白い運動靴を履いているが、始業式や卒業式などの行事ではローファー着用必須で、毎回何人かは白い運動靴のままで来て怒られている。

 しかし、灯子は通夜に行かないので関係がなかった。

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