十一月一日 8

 令和五年十一月一日。

 午前十時四十二分。

 灯子は特殊教室棟側から校舎に入って、二階に上がった。

 窃盗があったのは一組から四組であったため、そちらから優先的に聞き込みを行う予定だった。八組、七組と横目に見ながら移動する。各教室ではどこかの部活が打ち上げをしていた。文化祭の準備段階で、片付けの時間を長くとりその間に打ち上げも行っていい旨の連絡は行われていた。

 六組では、たった今どこかの部活の打ち上げが始まるところのようで、お菓子やジュースの準備を始めている。元々三年六組にいた生徒は遠目に見たり、時間を潰す場所を変えるために移動してたりしていた。移動するために出てきた男子生徒の一人と目が合う。現時点で片付けも打ち上げも行っていない学生は、文化祭に積極的に参加してない。昨日の文化祭当日も校舎で時間を潰していた可能性がある。

「ちょっと時間いい?」

「あぁ。いいよ」

「昨日、窃盗事件があったと思うんだけど、犯人らしき人を見てない?」

「見てないな」

「じゃあ、犯人っぽいかどうかは置いておいて、昨日、この校舎内で誰か見なかった」

「見てない。昨日ほとんど学校いなかったんだよ。昼に来て、雨降りそうだってんですぐ帰った」

「……それ来た意味あった?」

「ない。呼び出されたから来ただけだ」

「呼び出し? 誰から?」

 灯子は教師の名前が出てくると思って質問した。昨日は実は登校は自由ではなくて、サボっている生徒が呼び出されたのではないかと思ったからだった。灯子自身が昨日サボっていたため、そういう思考になってしまっていた。

「金子」

 想定外の答えに一瞬言葉を失う。

「……金子って、あの亡くなった一組の金子光士?」

「そうだよ」

「なんで呼び出されたの?」

「さぁな。詳しく聞く前に死んだからな」

「呼び出された時はなんて言われたの?」

 男子生徒はポケットに手を入れスマホを取り出した。

「『部室棟前に来てくれ』」

 そう言って、男子生徒はスマホの画面を灯子に見せた。

 画面には確かに男子生徒が言った通りの文言が書いてあった。その文言が受信された時刻を見ると、『11:26』となっている。そして、その文言が送信される前は『部室棟に閉じ込められた 最悪だわ』と『8:19』に受信されている。それ以上前のやりとりも画面内に収まっておりそれが見えた。二ヶ月前の日付で金を貸す貸さないのやりとりをしていた。金子が借りたい側で、この男子生徒は結局貸さなかったようだった。

「仲良かったの?」

「どうだろうな。俺は友達じゃなかったって思ってるけど、金子は思ってたかもな」

「あぁ、そうなんだ」

 灯子は自分が金子の交友関係などを全く知らないことに気付いた。昨日の金子の動向を探るためには、知っておいた方がいいかもしれない。

「金子ってどんな人間だったの?」

「どんな人間か……。まずは自分勝手、自己中、我儘。あとはなんだろうな。バイク好きだったな」

「他には何かある?」

「他ねえ……。運動神経が良かった。あと命知らずな奴だったな」

 金子は自殺をするような人間ではないように思える。事故だとしたら命知らずの行動によるものかもしれなかった。

「命知らずって?」

「バイク好きだったって言ったろ? あいつバイクでバカみたいなスピード出すんだよ。スピード違反で警察に追われたりしてさ。警察撒いたっていう自慢話よくしてたよ。あと、バイク事故って大破して乗れなくなった時も、ヤバい先輩のバイクをパクろうとしてバレてボコられて死にかけてたな」

 金子は灯子が想像した以上に荒れた生活を送っていたようだった。

「あと、金子はバカだったな。そのバイクパクろうとしたのも、色々計画した上でやってたけどすぐバレてたからな」

「どんな計画だったの?」

「バイクの持ち主の先輩は、パチンコ好きでさ。バイクでパチンコ屋に通ってたんだ。で、金子はその先輩をパチンコに誘ってバイクで来させてさ。すぐに予定できたって言って先輩と別れて、そのバイクパクったんだ。先輩もいつもはパチンコ開店から終わるまでいるからさ、金子は先輩がパチンコ打ってる間にバイク乗り回そうと思ってたらしい。でも、先輩も金子に誘われたから行っただけで軍資金もそんなに持ってってなかったから、すぐにバイクがないことに気付いて、仲間に探させた。で、金子はすぐ見つかって、ボコ」

「金子ってそんな感じなのか……」

「そう。学校でも不良っぽかったけど、外だともう一個乗っかってヤバかったよ。だから、そのうち死ぬとは思ってたけど、まさか学校で死ぬとは思わなかったな」

「なんで死んだんだと思う?」

「なんで? どういう意味?」

「事故とか、自殺とか」

「あぁ。うーん。どっちもって感じかな。あいつチキンレースとかもやってたからさ。なんかの度胸試しで無茶でもしたんじゃない?」

「そうか。色々教えてくれてありがとう。助かったよ」

「あぁ、別に暇だったしいいよ」

 灯子は一組から四組がある方向へ歩き出した。

 男子生徒はその場にしばらく止まっていた。どこで時間を潰すか考えているようだった。


 令和五年十一月一日。

 午前十一時一分。

 灯子は三年一組の教室に戻ってきていた。

 二組から四組には生徒はいたが、打ち上げをしており、その教室の生徒ではないようだった。打ち上げに割り込み、窃盗事件のことを話題に出すようなことはしなかった。雰囲気を壊したくないのもあったし、打ち上げをしている生徒は窃盗を目撃している可能性も低かった。積極的に文化祭を楽しんでいる生徒は、文化祭当日にあまり校舎には来ていないだろうからだ。そして、先ほど話を聞いた男子生徒のように、文化祭に消極的な学生はそもそも学校に来ていない。校舎内での窃盗の目撃情報を集めるのは思ったよりも大変かもしれない。

 一組の教室内には、金子の死体の写真を持っていた男子生徒がいた。すでに話を聞いていたため、灯子からは話しかけなかったが男子生徒の方から話しかけてきた。

「別の写真も回ってきたけど見る?」

 男子生徒は灯子の返事を聞く前に、スマホの画面を向けてきた。

 画面には以前に見た四枚とは構図の異なる金子の死体が映っている。今スマホ画面にある写真には死体の足まで写っていた。足は他の四枚には写っていなかった場所だった。金子の足には右足にだけ白いスニーカーが履かれていた。その白い靴底には泥が詰まっている。左足はミイラ男の仮装の包帯が巻かれていた。白い包帯の足の裏の部分は掃除した後の雑巾のように汚れている。よく見ると、左足の靴は画角の端に落ちていた。また、写真は全体的に白いモヤがかかっているように写っていた。

「この白いモヤみたいなのは何か分かる? 前の写真ではこんなモヤなかったと思うけど」

「あぁ。たぶん加工なんじゃない?」

「なんでこの写真だけ加工されてるの?」

「さあ? この写真取ったのがそういうアプリだったんじゃない?」

 男子生徒の言葉に、灯子はある考えが浮かぶ。

「撮ったの一人じゃないの?」

「それは、たぶんそう。死体が発見されてから結構な人が見に行ってたらしいよ」

「そうなんだ……」

 灯子は何人もの学生が野次馬のように群がり死体の写真を撮る姿を想像した。それは簡単に想像できて、そして、恐ろしい光景だった。

「また、写真回ってきたら見せてあげるよ」

「……ありがとう」

 調査をする分にはありがたい話だった。しかし、自分とは倫理観が合わないと思った。

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