十一月一日 7
令和五年十一月一日。
午前十時十二分。
灯子は体育館に向かう道中、体育館と特殊教室棟の間のスペースに八木の姿を見つけた。ちょうど良いことに一人だった。
「ちょっと時間いい?」
「うおっ! なにっ?」
八木は背後から近づいた灯子に驚いて声を上げた。八木は先ほどまで片付けのためにお化け屋敷の中にいたせいで過敏になっているようだった。
「昨日のことで聞きたいことがあるんだけど」
「昨日のこと? なに?」
「昨日、文芸部室前で騒いでたって聞いたんだけど、何時ごろのことかわかる?」
「は? 文芸部室前? 昨日部室棟行ってないけど」
「ごめん、言い方が悪かった。グラウンドの部室棟あたりで騒いでたの、何時ごろだったかわかる?」
部室棟あたりと言う時に、特殊教室棟越しではあるが指を指して方向を示した。
「えー、なにまた怒られるの? 火村って実行委員なの? ってか時間? 勇に聞けよ」
八木は灯子の言葉から間違った憶測をして捲し立てた。
「怒らないし、じ──」
灯子は実行委員と思われていた方が話が聞きやすいと思い、それについては黙っておくことにした。
「──怒らないけど、何があったかちゃんと確認したくてさ」
「なんだよ、何言えばいいの?」
「できれば初めから」
「初めってなんだよ……。えーまずあれだ。的当てしてたんだ、あっちでやってたラグビー部のやつ」
八木の指差した方向は部室棟と校舎の間くらいの場所だった。
「水鉄砲で的当てしてたんだけど、お互いに水をかけるノリになってさ。そしたら涼太が悪ノリでバケツ持ってきて、それで水かけようとしてさ。でも、人が通るとこに水かけて地面を泥にするのはダメだって皆で止めたんだよ。そしたら涼太が立ち入り禁止になってた壊れたテントの傍まで走ってって、自分で水被ったんだよ。ここなら人通らないだろって。それで、皆でバケツとか強めの水鉄砲とかで水のかけあいしてさ。で、勇に見つかってブチギレられた」
灯子は八木にキレた勇というのが水崎の下の名前だと思い出し、
「水崎がブチギレたの?」
「いや、もちろん声を荒げたり怒鳴ったりはしないけどさ。静かにキレてんの。めっちゃ怖い。立ち入り禁止って書かれてるのが読めないのかとか、段ボールでできた水に弱いオブジェがあるのに濡れたらどうするんだとか」
「そのとき、オブジェは見た?」
「見たよ。たしかに段ボールでできた馬とか木とかあったよ」
「オブジェの後ろに人が倒れてたりしなかった?」
「見てないけど」
「それ何時くらいだった?」
「なに? そんなに時間大事? 水浸しにしたり、立ち入り禁止の場所に行ったりは悪かったけど、時間関係ある?」
「だいたいでいいから」
「十時……いや十時半だ。だいたいじゃなく十時半だ。ここの交代の時間になってて慌てて戻ったんだ」
八木は体育館を親指で指しながら言った。
「十時半ね。ありがとう」
「なに? 十時半だとまずい? 呼び出される感じ?」
「いや、大丈夫だと思うよ。それより、もう一つ聞きたいんだけど、昨日口裂け女の格好で受付してた子って誰か分かる?」
「あー清水ちゃんかな。清水ちゃんもなんかしたの?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあるだけ」
「そこにいるから呼んできてやるよ」
八木はそう言って体育館に向かう。
「ありがとう」
「おう」
灯子は体育館に入る八木を見送ってから、スマホを取り出した。
そして、仁の写った写真を探す。写真はすぐに見つかったが写りが悪かった。遡って別の写真を探すが、マスク姿が多くなり顔全体が写った写真は見当たらない。それよりも遡ると仁の顔はかなり幼くなる。
「あの」
声に顔をあげると、可愛らしい女子生徒が立っていた。
「何か御用があるとお聞きしたんですが……」
その女子生徒は後輩のようで、面識のない先輩に呼び出されて怯えているようだった。
「ごめんごめん。たいした用事じゃないんだけど、こいつ昨日このお化け屋敷に来たかな?」
灯子はスマホに写った仁の顔を見せた。
「はい。来ました」
「一回窃盗事件で全校生徒が教室に集められてから、解散になってすぐくらいに来たと思うんだけど、合ってる?」
「合ってます」
「ありがとう。それだけなんだ、ごめんね急に呼び出して」
「いえいえいえ」
灯子はまた、ごめんねと付け足して、急足でその場を離れた。
令和五年十一月一日。
午前十時三十分。
灯子は校舎に戻る最中に、文化祭の片付けの様子をハンディカメラで撮影する男子生徒の二人組を見かけた。
二人の名前はわからないが、顔に見覚えがある。最近、生徒会の会長になった生徒と書記長になった生徒だった。二人の役職からすると、記録用の映像を撮影しているのだろう。
「こんにちは。ちょっといいかな?」
灯子は二人に話しかけた。
「はい。あ、火村先輩! なんでしょうか?」
生徒会長が言った。彼は灯子を知っているようだった。
「なんか面識あったっけ?」
「いえ、直接話すのは初めてです。でも、噂は聞いてますよ。S高等学校始まって以来の天才だって」
S高等学校の偏差値は高くない。模試で地元国立大学にA判定が出ただけで天才と言われるような高校だった。
「そんなことはないけどね。それより、聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「それって昨日も撮影してた?」
灯子の問いかけに、二人組は顔を見合わせて口の端だけで笑った。
「はい。撮影してましたよ。でもあの格好はこいつが言い出したんですよ」
「いやっお前っ! 俺じゃなくて、こいつッスよ! 元々は!」
「俺はせっかく生徒会が五人だから、戦隊モノっぽくテーマカラーを決めて、全身その色にしようって言っただけですよ」
「やめろよ、お前! 俺が火村先輩に変な奴だって思われるだろ!」
二人組で何か盛り上がっているようだったが、灯子には彼らが何を言っているか分からなかった。二人組はそれに気づいたようで、
「俺ら昨日全身タイツで文化祭を撮ってたんですよ。こいつか緑で、僕が赤。……見てないですか?」
「昨日自由登校だったから学校来てないんだ」
「あー……そうですか……。でも仕方ないですよね、受験の方が大事ですもんね」
生徒会長は灯子が勉強を優先して文化祭に来なかったと思ったようだった。実際は、勉強もせずにただただサボっただけだったが、否定するのも面倒だったので、
「まあね。昨日も撮影してたんだよね? その映像見せてもらえないかな?」
「映像……生徒会以外の人に見せてもいいんだっけ?」
「いいんじゃない? 知らんけど」
「まあいいよな、たぶん」
生徒会長は灯子に向き直り、
「いいですよ。ただまだ撮影しなきゃならないんで、カメラ使うんですよ」
「いつならいいかな?」
「放課後ならいつでも大丈夫です。俺ら、今日結構長いこと残らなきゃならないっぽいんで、結構遅くまでいますよ。──ただ、引かないでくださいね。こいつめっちゃボケてるんで」
「いや、こいつの方がボケてますよ」
「いや、俺ツッコミだから」
灯子には二人が生徒会に入るような雰囲気の学生ではないように感じた。昨日の件の調査とは関係なく単純な興味で、
「二人はなんで生徒会に入ったの?」
「え? 内申点ですね」
「僕もッス」
二人は当たり前のように答えた。
「そっか」
灯子の反応に、内申点目的で生徒会に入ったことを咎められたように感じたのか、二人は言い繕うように、
「いやーほとんど内申点のためじゃないですか? 生徒会入るのなんて」
「あ、でもあれだよ。水崎先輩は違うじゃん」
「あーそっか。ちょっと火村先輩、水崎先輩と比べるのはやめてくださいよ。あの人は別格なんですから」
水崎は彼らの一つ前の代の生徒会で会長をしていた。
「水崎は内申点目的じゃないの?」
「そうですよ。だって、水崎先輩大学行かないみたいですから。なんでも父親の仕事を継ぐとからしいですよ」
「へー。知らなかった」
「火村先輩は、水崎先輩と仲良くないんですか?」
「仲良く……仲良くはないかな」
「あ、もしかして聞いちゃダメなやつでした?」
「いや、別に悪くもないよ。関係性がないだけで」
「あーそうなんですね。よかったぁ、変なこと訊いちゃったかと思ったぁ」
「じゃあ、また放課後に。生徒会室に行けばいいかな?」
「はい。いつでもお待ちしております」
生徒会長は敬礼をして答えた。
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