十一月一日 2

 令和五年十一月一日。

 午前七時時三十分。

 灯子は校舎に戻って二階への階段を上がった。

 特殊教室棟側の階段を登ったため、一番近くには三年八組の教室がある。中を覗くと誰もいない。続いて七組、六組といなかったが五組に一人の男子学生がいた。その学生は自分の席について勉強をしている。教室に入り話しかける。

「勉強中ごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 男子学生は少し驚いた様子で顔を上げた。

「なんですか?」

「昨日の文化祭ってこのクラスも窃盗被害あった?」

「うちのクラスはなかったです」

「なかったか。他のクラスで窃盗被害あったクラスって分かる?」

「一組から四組があったって聞きましたけど」

「三組も?」

「そう聞きましたけど」

「なるほど。ちなみに、他の学年の被害って分かる?」

「いやーそれはちょっと分からないですね」

「そっか。ごめんね、時間取らせて。ありがとう」

 灯子は教室を出て校舎中央の階段を使い三階に上がった。まずは、二年五組の教室に向かう。五組は空で、六組に男子学生を見つける。

「ごめん、ちょっといい?」

「あ、はい」

「昨日の窃盗事件って、二年生はどのクラスが被害にあったかって分かる?」

「わかりますよ。一、二、三、四組です」

「五組から八組は被害なかったの?」

「はい」

「そうか。ありがとう」

「いえ」

 灯子は教室を出て校舎中央の階段を使い四階に上がった。今度は四組の教室に向かう。三年、二年と一組から四組が被害に遭っていたため、一年も一組から四組が被害に遭っているのではないかと考えたからだ。

 四組には二人の女子学生がいた。なにやら楽しそうに談笑している。二人は灯子の視線に気づき、こちらを向いた。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい」

「昨日、窃盗事件でどのクラスが被害にあったかって分かる?」

「え、分かる?」

 一人の女子がもう片方の女子に訪ねた。

「綾が財布撮られたって言ってたよ」

「じゃあ、二組だ」

「あとうちのクラスも何人か被害に遭ったって」

「あー言ってたね」

「じゃあ、二組と四組? ──二組と四組です」

 灯子に向き直って、一人の女子が言った。

「ありがとう。君はこのクラスじゃないの?」

 灯子はもう一人の女子に訊いた。

「はい。八組です」

「君のクラスは大丈夫だったの?」

「はい。大丈夫でした」

「そうか。ありがとう」

 灯子は二人の女子に礼を言って教室を出ようとした。

「ってか、渡辺犯人説なかった?」

「あぁ、あれ勘違い。よっちゃんのロッカーいじってたの渡辺じゃなかったらしいよ」

 二人の会話に足を止めた灯子が振り返る。

「その話、詳しく教えてくれない?」

「え?」

「渡辺犯人説ってやつ」

 女子二人は一度顔を見合わせ、灯子の方を向き直った一人がおずおずと話し始めた。

「なんかクラスの男子が、よっちゃん──浅田さんのロッカーをいじってる男子を見かけて渡辺だと思ったらしいんですよ。でも、後で渡辺に確認したら違うらしくて。ずっと友達と文化祭周ってたらしいんです」

「そのクラスの男子はなんでロッカーをいじっているのが渡辺くんだと思ったの?」

「多分、見かけた男子が渡辺と同じ仮装をしていたんだと思います。昨日は結構誰が誰か分からなくなることありましたから」

「ちなみにそれってどんな仮装だったかって分かる?」

「ミイラ男です」

「……なるほど。あと、そのロッカーをいじるミイラ男を見た子って名前教えてもらえる?」

「小田です。あ、小田は一組です」

「小田ね。ありがとう」

 灯子は今度こそ教室を出た。三組、二組、一組と順番の中を確認するが誰もいない。

 突き当たり女子トイレの前まで移動する。トイレの出入り口の前には手洗い場があり、正門を見れる方向と部室棟を見れる方向にそれぞれ窓が付いている。正門を見ると、少しずつ登校する学生の姿が増え始めていた。部室棟の方を見ると屋上が見えた。屋上の上には何もない。下を見ると灯子のいる校舎と部室棟をつなぐ渡り廊下の屋根の上が見える。屋根の上は一面遠目に分かるほどに汚かった。掃除をする機会もないのだろう。

 灯子はスマホで時刻を確認した。まだ午前八時前だった。

 今日は文化祭とは違い、出席をとるということが連絡されていた。通常授業の時と同じで八時半に教室で出席をとる。それまで待てば一年一組に小田が現れるはずである。しかし、いつ登校するか分からず、話を聞ける時間があるかも分からない。一旦、自分の教室に戻ろうと振り返ると、一年四組にいた女子の一人が灯子に向かって歩いて来ていた。

「あの、小田と連絡とったんですけど、あと五分くらいで学校着くみたいです」

「本当? ありがとう。じゃあ、ここで待ってようかな」


 令和五年十一月一日。

 午前八時二分。

 階段を登って来た男子生徒と目が合った。

「小田くん?」

「はい。なんか昨日のことを調べてるっていう先輩ですか?」

「そう。三年の火村。ちょっと昨日ロッカーをいじっている男子を見かけたって話を詳しく聞きたいんだけど、いいかな」

「詳しくって言っても、一瞬見かけたくらいですけど」

「一瞬しか見なかったのはどうして?」

「教室にチケット忘れてて、急いで取りに向かってたんです。そのときに四組にいるのを見かけて」

「どんな様子だった?」

「どんなって言われても、ロッカーを開けようとしてるなとしか」

「渡辺くんと思ったって聞いたけどそれはどうして? ミイラ男はいっぱいいたと思うけど?」

「カバンが渡辺のカバンだったんですよ」

「どんなカバン?」

「普通のネイビーのエナメルバッグです」

 仁のエナメルバックもネイビーだった。

「ただ、よく考えたらネイビーのエナメルバッグなんて使っているやついっぱいいますよね。友達だと使ってるの渡辺だけなんで勘違いしちゃって」

「……他に何か特徴なかった?」

「特徴……。うーん、ミイラ男で全身真っ白だったってことくらいですね」

「そっか。戻る時は見てない? もういなくなってた?」

「戻るのはこっちの階段使ったんで四組の方に行ってないです」

「なるほど。見かけた時間って分かる?」

「文化祭始まって結構経ってたんですよね……。十時とか十一時とかそれくらいですかね」

「十時から十一時……」

「すいませんね、うろ覚えで」

「いや、助かったよ。ありがとう」

「はい。また何でも訊いてください。失礼します」

「うん。ありがとう」

 小田が教室に入っていくのを見送ってから、灯子は階段を降り始めた。徐々に登校する学生が増え始め何人かとすれ違う。すれ違う学生たちは、考え事をしながらゆっくりと降りる灯子を避けて登っていく。

 盗まれたものが入っていたカバンと同じ色と種類のカバンを持っていて、他人のロッカーを漁るミイラ男。そのミイラ男が窃盗事件の犯人と考えて間違いないだろう。真犯人の手がかりが見つかったことに喜ぶべきだろうが、大きな問題がある。

 この真犯人の特徴が仁にも当てはまる。

 持っているカバン。格好。そして、十時から十一時にアリバイがない人間。

 盗んだものを自分のカバンに入れ、そのカバンを自分から遠い位置に隠しもせずに置いておくなんてことは犯人であればしないはず。そんな理論が通用しないほどの状況証拠のように思える。

「いや、待てよ」

 そう呟いて立ち止まる。

 部室棟のペンキまみれの階段を通れるようになった時間によっては、アリバイが成立するのではないだろうか。

 仁は十時から十一時は一人でいたためアリバイを証明できる人はいないが、部室棟に閉じ込められていたのであれば、それがアリバイになる。

 灯子は階段を早足で駆け降りた。

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