文化祭の最中 5

 令和五年十月三十一日。

 午後一時五十分ごろ。

 お化け屋敷の中に入っていいと許可が出た。

 中は、お札の貼られた壁や血のついた墓、床に倒れる人形など和風の雰囲気で、クオリティは文化祭らしいチープな作りだった。文化祭の至る所に見られるハロウィンを意識したアイテムの方がクオリティは遥かに高い。

 顔の高さに吊り下げられたコンニャクは、何人もの顔に触れたようで、ところどころが欠けて汚い。仁は潔癖ではないがそれでも触れたくはなく、コンニャクを避けて進む。

 しばらく何事もなく進むと数メートル先に井戸が見えた。井戸の前に着くと血まみれで白装束をきた男子生徒が井戸の中から飛び出した。予想はしていたが、驚いて声が出た。

 また、しばらく何事もなく進むと両側に障子が並んだ通路に出た。障子の紙の部分には穴が空いていた。通路を通るとその穴から手が飛び出した。予想通りの演出で、今度は声が出なかった。

 それからも、お経の音声や下から照らされた日本人形などの雰囲気で怖がらせるものから、突然動き出す死体や唐突になる叫び声などの驚かせることで怖がらせるものまでいくつもの演出があった。ただ、それはあまりにもベタで数も多すぎた。

 お化け屋敷の出口を見つけた時、恐怖からというより、退屈から解放されると思ってしまった。

 出口は、体育館にある出入り口の中でお化け屋敷の入り口から一番離れた位置にある出入り口で、お化け屋敷は体育館全体を使用しているようだった。仁は、使用する範囲を体育館の半面ぐらいにした方が広すぎなくて、準備する側にも客側にも良いのにと思った。

 出口は体育館と特殊教室棟の間の空間に出るようになっていた。この空間は地面がコンクリートに舗装されているため、上履きのままで歩いても良いとされる空間だった。ただ、先ほどのゲリラ豪雨の影響でかなり濡れているため、上履きで歩いている生徒は今の所いなかった。

 特殊教室棟側の壁に自動販売機が三つ並んでおり、その前に十数人の男子生徒が立っていた。そのうちの一人だけがミイラ男の格好をしている。

「お前、二時から手じゃなかった?」

 男子生徒の一人がミイラ男に言った。言った生徒は下は制服のズボンで上は私服のTシャツという動きやすい服装をしていた。

「あー、そう。時間?」

「うん、もうすぐ。そろそろ準備したら?」

「交代になったら呼びにくるだろ」

「その前に包帯外しとけば?」

「えー、めんど。外さなくて良くない?」

「いや、他の手は素手なんだからさ」

 ミイラ男が手に巻かれた包帯を外す。

「包帯全部外せば?」

「いや、なんか金子がするらしいから」

「何するか連絡あった?」

「ない」

「着替えて良くない? ってか、俺らハナから着てなし」

「みんな着ないなら先に言っとけよ」

「言ったよ」

「冗談っぽくじゃん」

「冗談じゃないからみんな着てないんじゃん」

 その男子生徒は言いながら周りのミイラ男の格好をしていない生徒たちを両手で示す。

「クソッ。確かに」

 ミイラ男は、手だけでなく全身の包帯を外し始めた。

「そもそも、あんな奴の言うこと聞く必要ないだろ」

「まあそうだけどさ。一応何度か助っ人来てくれたじゃん」

「まあな。だから、俺らに言うのは分かるけどさ。学校中の男子に同じ格好させようなんて、ジコチュー過ぎ。やばいよ、あいつ」

 周りの生徒の一人が「あの金子って人、バスケ部に助っ人来てたんスか?」と話に入った。

「あぁ。運動神経はエグかったからな。田中よりもバスケ上手かったし」

「マジっスか!? エグっ!?」

「ま、暴力事件起こしたから今後助っ人で呼ぶことはないな。それに、もとからあいつあんま好きじゃなかったし」

「へーそうなんだ。でも、田中先輩より上手いってヤバいっスね」

 お化け屋敷の出口に使われていない、別の体育館の出入り口が音を立てて開いた。音の方向に男子生徒たちの視線が向く。一人の女子生徒が中から出てきて、

「障子担当いる? 代わって欲しいんだけど」

 と言った。

 さっきまでミイラ男だった男子生徒が、手を挙げながらそちらに駆け寄っていった。他の生徒たちは、自販機で買ったのであろうジュースを飲みながら会話を続けている。先ほどまでの会話から彼らがバスケ部であることが分かる。仁は彼らにエナメルバッグについて訊こうかと一瞬思い、諦めた。大人数の一軍に三軍が話しかけることはハードルが高かった。

 エナメルバッグもそのうちどこかから出てくるだろう。

 仁は文化祭を適当に回って、エナメルバッグが見つからなかったら諦めて帰ることに決めた。

 文化祭は主にグラウンドで行われている。仁は上履きから運動靴に履き替えるため、メイン校舎の下足場に向かった。


 令和五年十月三十一日。

 午後二時二十分ごろ。

 下足場は職員室の前にある。

 仁は、職員室の前を通ると担任の土岡に呼び止められた。

「ちょっと」

「なんですか?」

「ちょっと、来てくれるか?」

「……はい」

 土岡が職員室に入ったので続いて職員室に入る。

 職員室内には、さらにいくつかの部屋があり、そのうちの一つに入るように言われた。中は四畳半ほどの大きさで長机と四つのパイプ椅子がギリギリで収まっている。長机の上には仁のエナメルバッグが置かれていた。

「あ、これ」

「お前のバックか?」

「はい。どこにあったんですか?」

「部室棟の外だ。渡り廊下あたりで見つかった」

 仁は自分のカバンに手を伸ばした。雨に当たったのかかなり濡れている。エナメルで加工されているので中には水は入っていないはずだ。持ち上げようとするとかなり重く、片手では持ち上がらなかった。

「?」

 筆箱しか入っていないはずである。しかし、明らかに他の何かが入っている重さだった。

 カバンを開けると中には、見たこともない財布やタブレット端末などが入っていた。

「これは……?」

「盗まれた貴重品だ」

 なぜ自分のカバンに盗まれた貴重品が入っているのか分からない。

「……僕は盗ってないですよ」

「貴重品は、持ち主の生徒に返す。この件を警察に知らせるかは職員会議で決定する。今日は帰れ」

「本当に盗ってないですよ」

 土岡は仁の言葉に聞く耳を持たずに、部屋の扉を開いて仁を見つめた。出ていけと言外に伝わってくる。

 仁は部屋を出て、職員室からも出た。下足場に向かい、靴を履き替える。元々はグラウンドに行く予定だったが、仁の足は正門へと向かっている。正門を抜け帰り道を歩いていると、パトカーとすれ違う。パトカーはS高等学校の方向に向かっていった。窃盗事件を調査するために来たのだとしたら、犯人扱いされている自分が帰ってもいいものだろうかと思ったが、パトカーはS高等学校の前を通り過ぎた。

 雨に当たってから体が重かったが、免罪のせいで気まで重くなっていた。

 家に着くと風呂に入り着替えた。

 簡単なもので、気分がさっぱりすると多少の楽観が生まれる。警察が正しく調査すれば真犯人が見つかるだろう。指紋を採取したりとか目撃証言を聞いたりとか、そういった調査をすれば、自分の容疑は晴れるだろう。

 ただ、土岡は警察に知らせるかはまだ決まっていないと言っていた。もしも、通報されなかった場合、冤罪が解かれないままになるかもしれない。

 不安が頭をよぎる。

 しかし、誰からも窃盗をしていないと信じてもらえなかったとしても、灯子は信じてくれるだろう。それに灯子は頭がいいし、頼めば真犯人を見つけてくれるかもしれない。

 仁はベッドに横になるとすぐに寝落ちした。


 令和五年十月三十一日。

 午後四時ごろ。

 仁は空腹で目を覚ました。

 スマホで時間を確認する。一時間近く寝ていたようだった。今日は屋上で寝たりもしてかなりの時間寝ていることになる。

 スマホを手に取った流れでネットニュースを確認する。地元のニュースが表示される。ニュースの中にS高等学校の名前を発見する。自分に窃盗の容疑がかかっていることは寝ぼけて忘れていて、そのことがニュースになったのではと慌てるようなことはなかった。

 ニュースを開くと、金子光士が学校内で転落死したことが書かれていた。

 驚いてしばらく画面を眺める。金子とは仲良くはないが、同じクラスで毎日のように見かけてはいた。その身近にいた彼が死んだのだ。金子と一番最近会ったのはいつだっただろうと考え、結局今日は会っていないことに気が付く。今日の出来事を思い出すと自分が窃盗の冤罪をかけられていることも思い出した。

 スマホに灯子から連絡が入る。

『文化祭大丈夫?』

『どうだろうね』

『様子どんな感じ?』

『今家だから分からない』

『結局帰ったんだ?』

『そう、犯人だって疑われてさ。帰れって』

『え 殺しなの?』

『殺し?』

『金子殺したの?』

『は?』

『は?』

『僕が疑われているのは窃盗事件だよ』

『窃盗? どういうこと?』

『話が長くなるから、灯子の家に行くね。お願いしたいこともあるし』

 仁は灯子の返信を待たず家を出た。仁の家と灯子の家は徒歩一分の距離にあった。

 走ると数十秒で灯子の家に着いた。

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