第14話 不変の冬の呪い
リーザの宮廷霜祓いの試しの儀から数日が経ち。
シムルグは突如現れた
スカラ城の中庭にて。リーザは先日の試しの儀で起きた出来事について、ラースタチカと話をしていた。
「わたし、シムルグをきっと怒らせた。……お話、しづらい」
「あのシムルグ兄者が怒るなんて、相当珍しいことだが……それほど、リーザ殿の身を案じていたんだろう。今はもう怒ってなどいないと思う。だからそう気にするな、リーザ殿」
「……」
リーザは肩を落として小さく息を吐く。
ふと、そこに背後から、リーザとラースタチカの肩に手を掛ける人物が現れた。
「やあ! リーザ君、ラース君。どしたの、こんなとこで。二人そろって辛気臭い顔しちゃって~」
「……貴方こそ、俺たちに何か用ですか。陛下」
相変わらず軽薄な声で、リーザとラースタチカの間に割って入ってきたのはソーカル王であった。
「あ。ラース君はいつも辛気臭い顔してるか」
「……」
「あ、痛! もう、冗談だってラース君。そんな怖い顔しないで!」
ラースタチカは己の肩に掛かっているソーカル王の手を冷たく振り払うが、ソーカル王はやはり気にした風もなく、へらへらと笑っている。そして、ソーカル王はその軽薄な笑みを、微かに驚いた顔をしたリーザにも向けた。
「リーザ君、ごきげんよう。そういえば、シムルグとは最近どう? そろそろ僕のことも〝お義父さん〟と呼んでくれても構わないんだけども!」
「色々とややこしいだろう、それは」
ラースタチカに諫められるソーカル王からの問いへ、リーザは答えようと口を開くが、すぐに浮かない表情で口を噤んでしまう。そんなリーザを見たソーカル王は、ふっと小さく笑みを漏らし、改めてリーザに問う。
「じゃあ、リーザ君はシムルグのこと。どう思ってる?」
「シムルグは——とても思考が丁寧で、すごい人、です。いつも誰かを思いやることができて、誰かのことをしっかり見て、深く広く考えて。本当に、あたたかい人……だと、思うます」
即答したリーザに、ソーカル王は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「……やっぱり、シムルグのお嫁さんはリーザ君がぴったりだ」
「そ、そんな! でもわたし、全然シムルグの気持ち、わからなくて……シムルグはわたしなんかに、いつもたくさん初めての言葉をくれるのに。わたし、何もシムルグにしてあげられなくて……」
「そーんなことないよ。リーザ君は、シムルグに夏を届けてるじゃないか。リーザ君の夏の加護があるから、シムルグは春先の今もこうやって自由に起きていられるんだよ」
「……」
再び、どこか不安そうな顔で口を噤んでしまうリーザ。ソーカル王は俯いているリーザを一瞥すると、軽く片手を掲げて、宙へと人差し指で真横に一線を描いて見せた。
「シムルグには、他者に対して妙に線引きをしてしまう癖がある。自分は人間じゃないからってね。王である僕にも、弟妹であるラースタチカやベルーガたちにも。僕たちには何故だかどうしても踏み越えられない、厄介な線さ。その線を、リーザ君には超えてほしいと思っているんだ、僕は」
「……わたしに?」
「うん。これはきっと、冬蛇を露ほども畏れない──北大陸の〝不変の冬〟に囚われない、リーザ君にしかできないことだと。僕は思ってるよ」
リーザは顔を上げてソーカル王を見上げる。ソーカル王はリーザの栗色の瞳を目を細めて見つめ返しながら、リーザの細い肩の上に、ぽんと手を置いた。
「リーザ君が思うままに。あの頑固王子が張り巡らせてる線を飛び越えて——手が触れ合えるような、近いところまで。行ってみて欲しいな」
そこまで、行ってみたい。リーザはそう強く思った。しかし、同時にこうも思った。自分なんかが行ってもいいのだろうか。自分なんかがそんなことを思っても、いいのだろうか。
「いいんだよ」
まるでリーザの胸の内を読み取ったかのように、ソーカル王が軽い調子で頷く。そして、いつもの如くお茶目に片目を瞑って見せた。
「リーザ君だから——きっと、いいんだ。だから、行っておいで」
リーザは、栗色の瞳を瞬かせる。その瞳には既に、夏色の火花の輝きが戻っていた。
不意に、ソーカル王の言葉と同時に、城門付近から角笛が鳴り響く音が聞こえた。シムルグとベルーガが、帰って来たのだ。
弾かれたように城門の方を振り返っていたリーザは、ソーカル王とラースタチカへと視線を戻す。すると、ソーカル王はにこやかにひらりと片手を振って見せ、ラースタチカは小さく微笑んでリーザへと頷いた。
リーザはそんな二人へと大きく頭を下げる。
「いってきます!」
よく通る声でそれだけ残すと、リーザは中庭の先へと駆け出して行った。
◇◇◇
駆けるリーザの背を見送りながら。ラースタチカは、ソーカル王を視線だけで一瞥して小さく問う。
「今更だが。何故、リーザ殿をシムルグ兄者の嫁に?」
「え~? それはもちろん! 僕の第六感が、ずきゅんとキてね。朴念仁で万年第一王子なシムルグにはあの娘しかいない! と本能で悟ったワケさ……」
「真面目に答えろ。貴方の口からは大噓しか出てこないのか?」
「ひどい! 半分はほんとなのに!」
睨んでくるラースタチカに、ソーカル王は両手を上げて見せながらひとしきり笑うと、淡い色の瞳を伏せて静かに答えた。
「……彼女の夏呼びで、壊してみたいと思ったんだ。〝不変の冬の呪い〟を。んで、その大いなる呪いを壊すには、まず一番呪われているモノを溶かすべきだと」
「一番呪われているモノ……それで、第一王子への嫁入りか」
ラースタチカは冷え切った眼で、再びソーカル王を強く睨み上げた。ソーカル王は涼しい顔でその鋭い眼光を受け止める。
「貴方は……シムルグ兄者を、〝呪い〟なのだと。俺たちスメイア王族は〝呪われた人間〟なのだと。そう、言っているのか」
「うん。まあね」
ソーカル王は軽く笑って、小さく肩を竦めて見せた。ラースタチカは揺らいだ瞳を隠すように目を伏せると、ソーカル王に背を向ける。
「やはり貴方とは……いや、俺たちスメイア王族は、一生互いを解り合えないのだろうな」
ラースタチカは早足で中庭を抜けてゆく。
ソーカル王は、自分以外のスメイア王族にはまだ知らせていない、新たに手に入れた〝不変の冬の呪い〟についての事実を密かになぞった。
(北大陸に霜蟲が発生しだしたのは、
ラースタチカの背中を静かに見送るソーカル王の眼は、どこか虚ろで、昏く燃えていた。
「この永きに渡る呪いと、くだらぬスメイア王族の掟を破ってみせる──どんな手を使おうとも。余こそが、最後の〝蛇の落とし仔〟のスメイア王となろうぞ」
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