第3話 恩返しと王命
「ちょっと~見てた? ラース君。僕の渾身の王様的演技! 最っ高に王様してたよね!?」
「黙れ。危うく本当に戦となるところだったんだぞ」
「いいじゃない、戦。二年前には、
「そのちょっかいの詫びを帝都で聴き入れた帰りが今だろう。これ以上厄介事をむやみに増やそうとするな。あと、戦に飢えているのは貴方だけだ、この暴君が……」
リーザはまた、眩暈を引き起こしてしまいそうなほどに困惑していた。
今にも帝国兵に送還されそうだったところを救ってくれたのは、かのスメイア王で。そして、隣に並んで馬を進めている当のスメイア王はまるで人が変わったかのように、リーザが乗っている馬を御している青年と楽しげに談笑している。
この状況、一体どうすればいい。否、それよりもまず、リーザは己にはやらなければならないことがあったのだと、意を決して口を開いた。
「あ、あの! 助けてくれて、ありがとう、ございます……!」
リーザは緊張で微かに裏返る声を張って、深く頭を下げる。スメイア王はやはりヘラヘラと笑いながら、リーザに軽く片手を振って見せた。
「あ、いーんだって! いたいけな可愛い娘は放っておけない! それが僕らスメイア男児ってものだからさあ。ね? ラース君」
「貴方と同じにされる、全スメイア民族の男に謝れ」
「やだもう! ラース君ってば、ひどーい」
スメイア王にラースと呼ばれる青年は、リーザの肩を軽く叩いて振り向かせると、小さく頭を下げながらリーザを見据える。
日に焼けてはいるが滑らかな肌に、青みがかった艶やかな黒髪が特徴的な、鋭い目つきの青年。年頃は十七であるリーザと同じくらいかもしれない。間近で見る彼の姿は、王と同じく、蛮族と恐れられる戦士民族の男とは思えぬほど美しいものに思えた。
「先程からすまない。名乗るのが遅れた。察しにくいと思うが、そこのふざけた軽薄な御仁はああ見えてスメイア国が王、ソーカル王陛下」
「ちょっとラース君? 〝軽薄〟と〝ああ見えて〟って紹介なに!?」
「そして俺は、スメイア国が第四王子、ラースタチカ・ヴラチ・ヤーシシリツァだ」
相変わらずおどけた様子のスメイアが王、ソーカル王はともかく。青年の名はラースタチカというらしい。しかも、ソーカル王の侍従かと思えば、まさかの〝第四王子〟だ。
スメイアの王に助けられたうえ、スメイアの王子と同じ馬に乗ってしまっている。リーザは、自分が置かれている状況のあまりにもの恐れ多さに青ざめながら、再び何度も頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! まさか、王子さんとは知らなくて……わたし、なんかが、同じ馬に……!」
「いや、気にするな。スメイアの王族と民は寝食を共にするほど近いものだ」
「そうそう。ましてや相手はラース君なんだから! 全っ然、全く気にすることないよ。そんなことより、君の名前を聞かせてくれない?」
ソーカル王の言葉に、ラースタチカがじろりと睨みを利かせるが当の本人は気にした風もなく、リーザに笑いかける。
リーザは密かに深く息を吸い込むと、金糸に縁どられた瞳を一度だけ瞬かせて、ソーカル王を強い視線で見つめた。
「わたし、リーザといいます。あなたたちに助けてもらったこと、本当に感謝してる……ます。だから、恩返し、させてください。わたしにできること、なんでもします」
そうして、また深々とリーザは頭を下げた。リーザの後ろで、ラースタチカは軽く頭を抱えて小さな吐息を零し。ソーカル王は、地獄耳のラースタチカにしか聴こえないような声で、心底嬉しそうに「待ってました」と独り言ちた。
「そう、リーザ君か。恩返しねぇ……何でもするって言っちゃったけど、本当にいいの?」
「はい。あなたたちに助けてもらったこと、一生かかっても返しきれない恩だって、思ってるから」
ソーカル王の言葉に、頭を下げたままリーザは即答した。
それを聞いたソーカル王の声は、帝国兵たちと対峙していた時と同じような、物々しいものへと一変する。
「僕は、金で下僕を買った。そして僕の下僕は、スメイア国の民として扱う。リーザ君が恩返しとして何でもしてくれるって言うのなら、僕は王として民である君に、決して逆らえない〝王命〟を下すけど。それでも、本当にいいのかい?」
「よろこんで」
リーザは顔を上げて、真っ直ぐとソーカル王を見つめた。生気に満ち溢れたその溌溂とした栗色の瞳は、一切揺らぐことはなかった。
「生きてさえいれば、何だってできる。あなたたち恩人は、わたしにその〝生きる〟という無限の価値あるものを、取り戻してくれた。だからわたしは、何よりもあなたたちに、〝ありがとう〟が伝わる何かをしたい」
リーザの瞳から、まるで火花が弾けているような熱を感じた。
そんな視線を受け止めたソーカル王は、思わず笑いを含んだ吐息を小さく漏らす。そして、内心でほくそ笑んだ。
(ああ、やっぱりこの娘は〝夏の化身〟だ——彼女こそが、あの人に相応しい)
ソーカル王は自然と笑みが零れそうになるのを抑えるため片手で口を覆うと、未だ物々しい声色を以て、リーザを流し目で眺めながら告げる。
「では、ソーカル・ジマ・ヤーシシリツァが王命として、命ず——リーザ君には、我が国の
ソーカル王の王命は、途中でいつもの軽薄な声色へと変わった。リーザは「
「宮廷霜祓い、と……第一王子の……キサキ?」
「はあ……すまない、後者は俺も全力で反対したんだが……」
半ば呆然としながら、無意識に反芻していた言葉がリーザの口から零れた。それと重なるように、背後にいるラースタチカの酷く疲れたような溜め息が吐き出される。そんな二人を心底面白がっているソーカル王は、茶目っ気たっぷりにぱちりと、片目を瞑って見せた。
「そう! つまりリーザ君には、うちにお嫁さんとして嫁いできてもらいまーす!」
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