君は迷う(1)

 修治が折り返し階段の下から吹き抜けを見上げれば、縄を掛けるのにちょうどいい二階の手すりがあった。そこから吊るせば、外からは人が浮いているように見えるかもしれない。


 日が落ちたうえ雨が降り出し、室内はすっかり暗くなった。日向はスマホのライトを点け、スマホの背面を天井に向けて持っていた。そうすれば普通に持つよりも室内を広く照らせるからだ。


 今ここにスマホは五台あるが、バッテリーが満タンな物はなく、日向の提案で念の為に節約しようと一台だけを使おうということになった。


 日向の両脇に夢原と古河が寄り添うように立っている。


「寒くなってきたね」


 そう言って日向は片腕をさすり、壁に映る全ての影が揺れた。


 ときおり屋敷の奥から聞こえるヒューという音に夢原は表情を張り詰める。


「風が入ってきてるみたいだしね」


「日向、これ着ろよ」


 中に入ってからずっと無言だった古河が学ランの上着を脱ぎ、日向に羽織らせる。


「え、でも……」


「俺は平気だから」


「ありがとう古河くん」


 日向が笑いかけると、血色の戻った顔がはにかんだ。


 屋敷に入るとき、修治はあることを不安に思った。犬のリードのような物があるわけでもないのに、こんな広い屋敷の中を四匹が好奇心のままに走り出してしまったらどうしようかと。けれど不思議なことに、四匹は修治の側から離れずじっと大人しくしている。家から出たことがない彼らが、初めての外出に警戒してのことだろうか。しかし、大きな音に驚いて修治のもとに逃げ込んで来るのとは何かが違う。


「あれ? 新井くんは?」


 日向が辺りを見回すのと同時に、修治の背後から不安を駆り立てるような木の軋む音がして、ハッとして見れば新井が階段を上がっているとこだった。


 古河の顔から血の気が引く。


「何やってんだ新井!」


「様子見に行くんだよ」


「常ノ梅にここで待ってろって言われたろ」


「言われた時間は待ってやったぜ? けど戻って来ねぇんだから見に行くしかねぇだろ」


 常ノ梅の言った二十分はとうに過ぎていた。


「戻って来なかったら外に出て警察に連絡するって頼まれただろ」


「この雨の中、外に? 見ろよ、土砂降りだぞ」


 いつの間にか窓を叩く音は大きくなり、風の唸り声が響き渡る。


「探す方がマシだろ」


「けど、常ノ梅が戻って来ないってことは、何かあったってことじゃ……」


「道に迷ってんじゃね? 思ったよりずっと広いぜ、ここ」


 新井は喋りながら二階に上がっていった。


 そして日向は決心した顔で古河の裾を引っ張る。


「行こう古河くん。バラバラにならない方がいいと思う」


「あ、ああ……」


 そうして日向と夢原、古河の三人が一段一段軋む階段を上がって行くのを修治は見ていた。


 すぐに日向が振り返る。


「どうしたの松原くん?」


 口を挟まず静観し続け、存在感を消してたけれど彼女は修治の存在を忘れていなかったようだ。


 このときの日向は、少し常ノ梅に似ていた。


 一階と同様に少し荒れた二階で待ち構えていた新井は、全員がついて来たのを見るとしたり顔で暗闇へと続く廊下を親指で指差す。


「行こうぜ」

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