君は迷う(2)

 一行はまず、階段から手近な部屋から見ることにした。


 金具が緩んでいるせいで自らの重みで沈みそうになるドアを、新井が肩で支えるようにして押し開く。


 棚やテーブルなどの家具が白い布で覆われて、埃が積もった状態で置かれていた。。


 修治は埃を吸わないよう、袖口で鼻を抑えながらテーブルに掛かっている布を捲り、覗き込んでみた。


 こういうとこに白い子どもが座ってて、脅かす映画あったな。


 実際に顔を見せたのは、修治の股を潜って先回りしたリンとククだった。


 尻尾を揺らして歩く猫たちを連れてるだけで、暗さで強調される廃屋の不気味さが半減している。


 一瞬明るさが増したかと思えば、日向のスマホのバッテリー残量が少なくなったようで、夢原のと交換しているところだった。


 棚に置かれた燭台を見つけたが蝋燭がない。そもそも火種もないので、電力消費済みの心許ないスマホの助けになりそうにない。


 廊下に戻って次の部屋も覗くが特別な物は見つからず、一行はさらに奥へと向かう。


「なんもねぇじゃねぇか」


 新井がつまらなさそうに言う。


「思ってたよりも怖くないしね」


「みんな一緒だからね。——常ノ梅くん、大丈夫かな」


「常ノ梅だから大丈夫だと思うが……」


 気が緩んでいる、と四人を後ろから眺めながら修治は思った。自身もまた同じようなもので、あくびを噛み殺す。


 隣に人影が見えたと思えば、それは真っ暗な窓に映った己の姿。


 ……雨、止んだのか。


「あ、あそこドアが開いてる」


 日向が指差した先に向かい、「常ノ梅くん?」と呼びかけながら入って行く。


 修治が続こうとしたとき、その後ろでシャオリンがそのまま廊下を直進し、隣の部屋のドアの前に座った。


「シャオリン?」


 修治は己のスマホのライトを点け、四人から離れる。


 シャオリンは近づいてくる修治から目を逸らさず、一人と一匹はしばし見つめ合って、修治は彼の示したドアを開くことにした。


 ドアは容易に開いた。


 元は寝室だろうか。白い布に覆われた家具だけではなく、マットのない、床板部分が剥き出しになったベッドがあり、その手前の部屋の中央に探し人はいた。


「松原君?」


 きょとんとした顔で床に膝をついている常ノ梅——ともう一人。


 肩を少し超えるくらいの長さの髪の女が座り込んで常ノ梅の腕にしがみついてた。ズボンの膝部分が裂けており、絆創膏がのぞいている。それ以外の外傷らしきものは見当たらない。


「……誰だ?」


「彼女は笠元かさもとさん。新井君たちみたいに例の噂を聞いて来たらしいよ。——それはそうと松原君、どうやってドアを開けたの?」


 修治は首を傾げた。


「どうやってって、普通に……」


 足音が近づいてくる。振り返れば四人がいた。


「よかった、常ノ梅くんいた!」


 日向と夢原が修治の横をすり抜ける。


「みんな、どうして」


「ごめん、常ノ梅くんのことが心配で」


 笠元が常ノ梅の腕からゆるゆると手を離す。


「おとも、だち?」


「はい」


 常ノ梅が頷けば、笠元はほっと息をつく。


「探しに来てくれてありがとう」


「いや、言い付け守れなくてわりぃ」


 礼を述べる常ノ梅に、古河は気まずそうに首の後ろを掻く。


「ううん。おかげで助かったよ。僕たち閉じ込められてたから」


 修治はまた首を傾げた。


 部屋の中には二つの窓とドアが一つ。窓の方はともかく、ドアに鍵は掛かっていなかった。


 内側から開けられないようになっていたんだろうか。


 ドアノブを捻ってみるが、なんの引っ掛かりもなく滑らかに動いた。


 笠元は日向の顔を見て問いかける。


「ねえあんたたち、和史かずしを見なかった?」


「かずし?」


 「笠元さんの友人」と常ノ梅が補足する。


 拾った財布の免許証に書かれていた名前だ、と修治は思い出した。


 日向が眉尻を下げて首を振ると、「そんな……」と笠元は肩を落とす。


「逃げたんじゃねぇの?」


 自分のスマホのライトをON・OFFを何度も切り替えて弄びながら、新井はニヤリと笑う。


 光を抑え、影が残るような照らし方で浮かんだ少年の顔に笠元の肩が跳ねる。それを見て、笑みは不気味に深まった。


「だってよぉ、どうせあんたらも肝試しに来たんだろ? んで、ビビって男はあんたを置いて逃げたわけだ」


 わざとらしく不安を煽る新井に「ちょっと」と夢原が睨む。古河の目も友人の行動を咎めるように吊り上がり、日向も眉間に力を入れて唇を尖らせている。


 常ノ梅は微笑していた。まるで親の注意を引きたがる幼児を見るような、ちょっと困った顔。


 なぜ場を荒立たせたがるのかと修治は呆れた。


「そう、なのかな……」


 しかし笠元本人はすんなりと受け入れ、新井の方が拍子抜けした表情かおになった。


 他に気掛かりなことでもあるのか、怒るわけでも安堵するわけでもなく、視線をさまよわせたあと、彼女は縋るように傍らにいる常ノ梅の腕を掴む。


「早くここを出よう」


 笠元は表情ひょうじょうを取り繕って声色を落ち着かせていたが、ぴっしりと張っていた学ランの袖口を彼女はぐしゃぐしゃになるほど強く握り締めていた。

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