君と出逢った日(4)

 常ノ梅は不思議そうに呟き、修治も思わぬ言葉に目をしばたたく。この辺りにそんなものがあるとは聞いたことがなかった。


「なんだ、常ノ梅のくせに知らねぇの?」


 アクセサリーのジャラジャラとこすれる音が混じる金髪男子の愉快そうな声。


「けっこー噂になってるんだぜ」




 ひと月ほど前、常ノ梅町のある廃屋敷でテレビの撮影が行われた。内容は、よくある町の紹介で、誰もそこで何かが起きることを求めたわけではない。


 最初は、気のせいと思うほどのことだった。


 物がなくなる、触れてもいないのに物が落ちる。


 機材が原意不明の故障。


 撮影中、出演者の横にあった椅子が動いた。


 誰もいないはずの部屋に人影を見た、など。


 とにかく奇妙なことが続いて撮影は中止。表立って取り沙汰されることはなかったが、どこからか流れ、件の廃屋敷は幽霊屋敷として細やかに広まり、好奇心旺盛な若者を惹きつけることとなった。




 この四人も然り。


 学校帰り、街のロッカーに荷物を預けて手ぶらにし、肝試しに来たというわけだ。


「そんな噂が」


 目尻を下げ、困り顔な常ノ梅。


 修治はその噂に少し興味が湧いた。


 物心がつく以前から、宇宙人妖怪といった類の怪奇、超常現象の話を好み、信じているが故に、付随する危険性を考慮して現物に関わるのを避けていた。なのでオカルトゲームや肝試しをしたことがない。


 修治は思った。もう、気にする必要はないのでは、と。


 優等生らしい、待ったがかかる。


「放置されているといっても、私有地なんだから入るのはダメだよ」


「ハァ? 常ノ梅のお坊ちゃん・・・・・は堅いねぇ。いいじゃねぇか、みんなやってんだ」


「ダメだよ。ほら、はやくこっちに戻って」


 平静に釘を刺す常ノ梅に、金髪は舌打ちをして睨みつける。


 睨み合い、というには一方的に感じるものだった。


「ねえ、あれなんだろう」


 ポニーテールの女子が奥を指す。


 林の中と変わらないほど草が生い茂る庭。屋敷の壁には蔦が這い、二階のベランダの手すりや柱に巻き付いて、小さな森のようになっている。一部の割れた窓ガラスがひゅーひゅーと小さく鳴き、夕陽に照らされた後ろ姿は哀愁と不気味さを漂わせていた。


 庭に面する屋敷の壁際に、一台の自転車が置かれていた。


 背景から浮いて見える派手な黄色に、真っ直ぐなハンドル。新しい物のようだ。


「誰かいるのかな?」


 日向が首を傾げると女子は「そうかも」と相槌を打った。


 すでに誰かが中にいるかもしれない。日向以外の全員が常ノ梅の反応を窺う。


 彼女だけが、それを不思議そうにしながら周りに倣ったのに気づいて、修治は眉間に皺を寄せ、金髪は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちしてそっぽ向く。


 修治は、無意識に常ノ梅の判断を仰いでしまった己に動揺した。一瞬脳裏に、常ノ梅家を敬う老人たちの姿がよぎる。


 じいさんたちとは、違うはずだ。


 なのに、なんだ?


 暑いわけでもないのに、修治のこめかみに冷や汗が流れた。


「あ、おい」


 スポーツ系男子が、背を向けて庭を突き進む金髪を追いかける。


 よくよく見れば、塀から屋敷まで細い道のようなものが見える。地肌が見えるほど踏み潰された草の跡は、昨日今日でできたものとは思えない。おそらく、すでに何人かがこの裏道を利用したのだろう。


 女子二人は壁の脇に立ったまま、屋敷へ向かった二人と常ノ梅と視線を彷徨わせる。


「しょうがないな」


「入るのか」


「彼らを放っておくわけにはいかないから」


 そう言って常ノ梅は、するりと避け目を通ると、振り返って修治に甲を下にして左手を差し出した。


「あ?」


「……来ないの?」


 どうしてこいつは、ついてくるのが当たり前のような顔するのか。


 いや、行くけど、そういうことじゃなくって。


「……この手は?」


「足元、危ないから」


「……そういうのいいから、先に行け」


「そう?」


 天然王子は手を引いた。


 修治が一人で避け目を通り抜けると、日向は目の前に立ち、にっこりと笑いかける。


 舞台上の人間が急に観客席こちらに降りてきたことに驚いて修治は後ずさった。しかし後ろは壁。


「はじめましてだよね? 私、常ノ梅くんと同じA組の日向みく。最近転校してきました!」


 彼女は距離を詰めるのも、言葉も、勢いがあった。口がよく動く。対話が苦手な修治にとっては面倒な相手で、なんと返すべきか戸惑う。


「もしかしてみんなとも初対面かな?」


 修治がぎこちなく頷くと、彼女は自分の友人を紹介し始めた。


「みんな同じクラスでね。この子は夢原ゆめはらうつみちゃん」


 ポニーテール女子は笑いもせず、興味なさげな目をしている。


「あっちの金髪の人が新井宏樹あらいひろきくんで、黒髪の方が古河竜こがりゅうくん」


 そして口を閉じ、大きな瞳に修治だけを映した。


「…………」


 なんだこの沈黙は。名乗れと?


 狼狽えている修治の袖を横から常ノ梅が引っ張ったので、なんだ、と振り返る。


「僕は常ノ梅清羽」


 存じてますが。


 町の超有名人が意味不明なことを言う。


 日向は、真顔の修治と彼を見つめる常ノ梅を見比べて瞬きをする。


「友達じゃないの?」


「彼とはさっき初めて会ったんだよ」


 「名乗るのが遅れてごめんね」と言うが、知っていたから挨拶など気にしていなかったのは修治もだ。礼儀を欠いたというならお互い様。


 修治は重たい口を開く。

松原まつばら、修治」


 先に行った新井と古河と合流して、日向たち四人は屋敷を窓から覗き込んでは「誰かいますかー」と呼びかけたりしている。


 修治と常ノ梅は、自転車の方を調べていた。


 錆び付いてはいない。修治が試しにベルに指を引っ掛けてみると、チリンと高い音が鳴った。


 常ノ梅は後輪の泥除け部分に貼られたシールを指差し、「レンタル用のだね」と言う。


 言われてみれば、同じ色の自転車を日常的に目にしている気がした。


 常ノ梅は首を傾げる。


「どこから入ったんだろう」


 修治たちが通ってきた道では、自転車に乗ってくることも運ぶことも難しい。


「正門じゃないのか」


 よく考えれば、普通は正門から入るのものだ。


 だが話を聞いていた日向が首を振る。


「正面は鍵が閉まってる、って新井くんが」


「彼がみんなを誘ったのかい?」


 夢原が「そうよ」と答える。


「屋敷の場所も入り方も知ってるから、行こうって」


 そわり、と修治の足に何かが掠った。


「っ!?」


 思考が止まり、体が強張る。


 それは、いや、それら・・・は力強く、押し合うように足に纏わりつく。


 この感覚に、修治は覚えがあった。


「わあ! かわいい!!」


 日向の声が明るく弾け、何事かと全員の目が修治に向き、その足元へ。


 おそるおそると修治は下を覗き、目を見開く。


「な、んで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る