君と出逢った日(3)

 黙々と林の中を歩く。頭上では鳥の声が通り過ぎ、風で草木がこすれる。


 修治はそぉっと、後ろを窺った。


 なぜか常ノ梅がいる。


「僕も帰り道こっちだから」


 修治が後ろを向いたのに気づいた常ノ梅は、視線を合わせて言った。


 鬱蒼とした雑木林の中では、人が使う道は自然と限られるだろう。


 だとしても、さよならしたばかりの相手のすぐ後ろを歩いてくるものだろうか。修治なら、気まずくならないよう相手の姿が見えなくなるまで待つところだ。


 慣れない相手に会話を弾ませるほど、修治のコミュニケーション能力は高くない。目が合わないように、存在を気にしないようにしても逆に意識してしまう。来るときはそうでもなかった道がやけに長い。できることなら一気に走ってしまいたい。しかし露骨な態度は、それはそれで気まずい。


 浮き出ている根っこを跨ぐ。


 ちらりと視界の端に映った学生靴ローファー


 修治たちの学校は服装規定がゆるい。式典以外なら、上着さえ着用していれば中身が色のあるTシャツでも許されるくらいに。


 Tシャツにスニーカーの常ノ梅など、修治の頭では想像もできないが。


 常ノ梅は規則に準じた身なりで、学生靴がくせいぐつも推奨に従った革製。山中を歩くには不適切。毛先からズボンの裾まで清潔に整えられている分、垣間見た靴の土汚れが印象に残った。


「あれ?」


 常ノ梅は、修治よりも先の方を見て足を止めた。なんだと思って修治も目をやると、分かれ道がある。来るときにはなかった。あるいは気づかなかっただけかもしれないが。


 草を踏み締めた跡は緑の匂いが濃厚で、最近誰かがそこを通ったことを語っていた。


「誰かと一緒だった?」


「いや」


「僕たち以外にも誰かいるのかな? この先は確か……」


 もう一つの道の先に何があるのか修治は知らない。しかし正規の道ではなく、こんなところを歩いているなんて訳有りとしか思えない。探検ごっこに耽る子どもか、大人だったら怪しい企み事かもしれない。


 常ノ梅がその道を進み二、三歩のところで立ち止まり、立ち尽くしている修治に振り返る。まるで「一緒に来ないの?」と問いかけて言いるような表情かおに、修治は車道に戻る道の方を見た。


「はあ」


 渋々と常ノ梅の方に向かう。


 木々の隙間を縫うように歩き、三メートルはありそうな煉瓦の塀のもとに辿り着いた。塀の大部分は蔦に覆われ、ところどころ削がれ、一部は崩れている。


 そして、人が通り抜けられそうな避け目を覗き込む、修治たちと同じ制服の四人の男女がいた。


「君たち」


「ひゃっ!」「うわっ!?」


 常ノ梅が声をかけると、前のめりになって覗き込んでいた四人の体が転がって、裂け目の中に入ってしまった。


 六人は壊れた塀越しに対面する。


 声を上げた片方、ゆるいウェーヴのかかった亜麻色の髪の少女が振り返り、ぱちくりと大きな瞳で常ノ梅を見上げる。


「と、常ノ梅くん!」


日向ひなたさん」


 修治にとっての見知らぬ四人は、常ノ梅の知り合いのようだ。


 修治は一歩後ろに下がり、観客が舞台を見るような感覚で五人を視界に収めた。


 人懐っこそうな笑顔を浮かべる日向。


 日向ほどの愛想はなさそうなポニーテールの女子。


 首や手首、耳などに多くのアクセサリーをぶら下げた金髪男子。


 日焼けた肌のがっしりとした体格のスポーツ系男子。


 クラスで目立ちそうな集まりだ。


 スポーツ系男子が常ノ梅と日向の間に加わる。


「常ノ梅はこんなとこで何してんだ?」


「ちょっと寄り道をね」


「お前が、寄り道?」


 呆然としたスポーツ系男子の横で、日向が、ぽん、と両手を合わせる。


「あ、もしかして常ノ梅くんも噂の心霊スポットを見に来たとか?」


「心霊スポット?」

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