君と出逢った日(2)
修治と同じ制服。けれど、学ランを全開にしてシャツの第一ボタンを外し、緩めに着ている修治と違い、その少年は学ランのボタンを上まできっちり閉じて、まるで手本のような着こなしだった。
花のような凜とした佇まい。乱れ一つ見当たらないなめらかな黒髪。纏う黒に映える白い肌。夕日のせいか一瞬、中で火花が散ったように見えた真っ黒な瞳。目尻は柔らかく、優しげに整った容貌。戸惑いの表情から大人の色気とは違う、未成熟で危ういなまやかさを感じて息を呑む。
修治はその少年を知っていた。
クラスメイトの名前すらろくに覚えていない修治でも、別クラスの彼のことは知っている。この地で生まれ育ったものなら知らないはずがない。
その昔、
常ノ梅家が権力者として力を奮っていたのは昔の話で、現在はかつてほどの権威はないというが、いまだ一目置かれる存在であることに変わりはない。
とはいえ、老人たちのように常ノ梅家を尊ぶ精神など、修治は持ち合わせいない。一応住民の常識として知っていたというだけで、親しくないどころか、同じ学校の同学年でありながら、話したことすらない。
いつも遠くからで、初めて真正面から顔を見たが、同級生たちが騒ぐのも納得の美少年だ。
ハッ、と修治は首を傾げる。
いま俺、こいつのことを「美」少年って思ったのか?
そのことに驚いた。
修治は人間を美しいと感じたことはなかった。
写真に収められないほどの美しい景色を知っていて、宝石の輝きを綺麗だと思う。けれど人間に対しては、その形がいくら整っていようと、清廉な在り方であろうと「人間」に「美」を感じたことは一度だってなかった。
驚きの次に戸惑いが襲う。
向かい合っていることに耐えられず、会釈して、急いでその場を離れようとした。
「君、確かC組の人だよね」
声をかけられ、修治は立ち止まる。
「……そう、だけど」
クラスが四つある中で「C組」とはっきり断定されたのは予想外であった。制服から同じ学校と判断したのだろうが、同じクラスでもないのにどうしてそこまで。常ノ梅のように有名でもない、教室の隅で大人しくしているような、たまにすれ違う程度の存在を記憶していたとでもいうのだろうか。
「ここで何をしていたんだい?」
「別に何も……ひょっとして、ここ、あんたんとこの私有地か」
町を見渡せるこの小山の頂上に屋敷を構え、かつてはその目に映る全てを支配していたという常ノ梅一族は、その権力を手放したときに、保有していた財産の多くを譲渡したというが、手元に残したモノも少なくはない。
近くに屋敷の影はないし、塀や立て札のような物を見かけてもいないけれど、この場所が誰の物でもないかなど、修治が把握しているわけもない。
「違うよ」
常ノ梅は穏やかに首を振った。
「ここは空き地。人が来るようなところでもないから、ちょっと気になったんだ」
傾げた首につられて、柔らかそうな髪がさらりと動く。
「そう、か」
常日頃、指先まで洗練された佇まいで女子からは王子様と持て囃され、優秀で真面目なところを評価され教師陣からも頼りにされている彼から、素直な子どものようなあどけなさを感じるとは思わなかった。
美味しいさくらんぼを食べ過ぎたときのように口の中がかゆくなる。むずむずする舌先を動かし、「じゃあ、これで」と告げる。
「帰るの?」
気まずさでさっさとこの場を離れたがっている修治の気持ちを知ってか知らずか、常ノ梅は町に沈んでいく夕日を見やり「もう暗くなるもんね」と納得顔で頷く。
「足を滑らせて落ちたりしたら危ない」
どきりとした。一瞬、自分の妄想が伝わってしまったのかと思った。
そんなはずはない。
常ノ梅が見ている。
夕日を背にして、逆光で影に浮かぶ表情。柔らかく細めた目をこちらに向け、微笑んでいる。それが、どんな感情からなっているのかまるでわからない。
かゆい。痒い、痒い。
これは、自分が見ていいものではない。
修治は無言で目を逸らし、常ノ梅清羽という存在をそっと意識の外に追いやった。
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