第16話 束の間の自由

 駅のホームでは目立たないように壁際で電車を待ち。


 電車に乗ってからはちょうど空いていたスペースに二人並んで座り、俯いていた。

 

 警察が電車に乗り込んできませんように。


 電車が駅で停車するたびに心臓がドキドキして。


 目的地に辿り着いたときには神経が擦り減っていた。


「わーい、海だ!」


「ちょっ、ベガ! 他に人がいるかもしれないんだから」


 改札を出た途端、子どもみたいに無邪気に海へと走って行く。


「いないよ!」


 彼女の言う通り、暗闇に包まれていてよく見えないが、一応見える範囲に誰もいないようだ。


「私たちだけの世界だねえ」


 あの部屋でのベガの様子と、砂浜を駆け回るベガの様子があまりに違いすぎて頭が痛くなってきた。


「ベガ! あんまり遠くに行かないでよ」


「わかってるよー」


 ホントにわかってんのか。


 紐でも括り付けて遠くへ行けないようにしてやろうか。


 ため息をつきながらタオルを敷いて……って、


「これ、血を拭いたタオルじゃん」


 その上に座るのはちょっとな。


「うっし」


 ハサミを取り出す。


 血は乾いていたが、一緒に入れていたウェットティッシュで知らぬ間にある程度拭き取られていたらしい。


 タオルで試し切り。


「問題なし」


 ボクのタオルとベガのタオル。


 続けて衣装を切り刻む。


 途中ベガの方に視線を向けると、手に靴を持ち、海に足をつけていた。


「呑気すぎんだろ、おい」


 まぁ……隣でしくしく泣かれるよりかはマシか。


 もう二度と元気な姿を見られないかもしれないのだから。


 全てを切り刻んだ後、それらを鞄に詰め、


「なんか重しになるものねえかなあ」


 海岸沿いを歩いていると、


「なにしてんの?」


「重し探してる」


 座っていたところに置いていた鞄を指差しながら言った。


「あっちにゴミが沢山あったよ!」


 多分なにをしようとしているのか理解してねえな。


「ちょっと待っててね」


「えっ、ちょっ――」


 止める間もなくベガは走って行ってしまった。


「鞄持って行った方が効率的だろうが」


 苦笑いしながら鞄を取りに戻る。


 後先考えずに行動する。


 普段通りだな。


 紫苑を刺したにも関わらず。


 怖いっちゃあ怖い。


 いや、ボクも人のこと言えねえな。


「はいっ、これで足りる?」


「足りる足りる」


 彼女の両腕に抱えられた大量のゴミ。


 非力なベガが一度に、こんなに持って来たなんて。


 もしかしなくても頭のネジが外れてんな?


 変なテンションになってんな?


 ボクたちは一緒にゴミを鞄に詰め込み、


「ねぇ、もうこれいらないよね?」


「ん?」


 彼女がポケットから取り出したのはスマホ。


「あー……」


 これから先のことを考えると持っておいた方がいい気もするが、頭の中で冷静に、そう長くは逃亡できないだろうと考えている自分がいる。


「そうだな。いらねえな」


 警察に捕まって、スマホの中身を見られるのは嫌だし。


 海に沈めてしまおう。


 パンパンにものが詰まった鞄を、二人でテトラポットまで運ぶ。


「落ちるなよ」


「わかってるってー」


「んじゃあ投げるぞ」


「うん」


「「せーのっ」」


 力を合わせてぶん投げた鞄は、無事にテトラポットを越え海の底へとゆっくり沈んでいった。

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