第7話 接近

 会議が終わり、なんとなくスマホを見ると紫苑から【今日、ベガさんと一緒にレッスンを受けてきます!】とメッセージが届いていた。


「ん?」


 ベガなら今一緒に……って。


「いないし」


 どこいったんだよ。


 さっきまで向かい側に座っていたのに。


 周囲のスタッフに尋ねれば、「会議が終わったら秒で出てったよ」とのこと。


「んー?」


 変だな。


 普段ベガはボクにべったりだから、会議とかテレビ番組とか歌の収録とかが終わったら即ボクのところにくるんだけど。


「あっ」


 変じゃないわ。


 紫苑と約束してたから行ったのか。


「……いや、やっぱり変」


 ボクを支えに立っているようなベガが、ボクに一言も言わずに出て行った?


 おかしい。


 おかしすぎる。


 さっさと荷物をまとめレッスンスタジオへと向かう。


 なにかがボクを急かしている。


 コンコン。


 ノックをしてゆっくりドアを開ける。


 そこにいたのは。


 紫苑とベガの二人。


 先生の姿はない。


 ドアを中途半端に開けたまま見ていると、ベガが紫苑に指導していた。


 なんで彼女がマンツーマンで教えてるんだ。


 ベガと一緒にレッスンを受けるって書いてあったのに。


 疑問に思っていると、


「あっ、アルタイル!」


 ベガがボクに気がついた。


「アルタイルさん、おはようございます」


「おっす」


 覗き見していた後ろめたさを心の奥底にしまい込み、スタジオへと足を踏み入れた。


「なんで二人でやってんの。先生は?」


 ストレートに疑問をぶつければ、答えは簡単だった。


 先生に休養ができて今日のレッスンを切り上げようとしたとき、ちょうどベガが来て、引き継いだらしい。


「成程な」


 納得したふりをしているが、内心では疑問でいっぱいだった。


 今までも「ベガさんに憧れているんです」と言って事務所に入ってきた子はいた。


 ベガはその子たちと関わろうとしなかった。


 それなのに、紫苑にはどうして?


「ごめん、アルタイル。あと30分で終わるから、待っててくれる?」


 どうせ明日も打ち合わせがある。


 わざわざ待つ必要はない。


 けれど、上目遣いでお願いされちゃったらさ。


「あー……いいよ」


 待つしかないよね。


「ありがと」


 可愛いんだから。


 どこに行くにも帰るにも一緒なんだから。


 ベガは紫苑に声をかけてレッスンを再開した。


 その後、ベガの言葉を素直に受け止め、楽しそうに踊る紫苑を見つめていたボクは、ふとベガを見た。


 彼女は鏡越しに紫苑を見ていた。


 気のせい?


 いやいやいや、絶対に気のせいじゃない。


 なんというか……いつもの柔らかい視線じゃなかったような感じがする。


 鋭かったな。


 ちょいコワ。


 あんな目初めて見た。


 まるで、嫉妬をしているような……え?


 意味がわからない。


 誰に嫉妬してるっていうんだよ。


 ここにはベガと紫苑とボクしか……。


「もしかして」


 紫苑に嫉妬してるっていうのか。


 そんなまさか。


 10歳の小学生だぞ。


 嫌な考えを頭から追い出すように頭を振って、スマホを取り出し、ゲームに集中することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る