第2話 誰でも良かった

 事件が起きたのは8月上旬。


 マネージャーの車を降りたところを、ベガは刺された。


 幸いなことに、すぐにマネが取り押さえて通行人が通報してくれた。


 加えて刺された箇所は太もも。


 深く刺されていなかったことで致命傷には至らなかった。


 病院に駆けつけたボクが目にしたのは、眠り姫のように美しくベッドに身を横たえたベガの姿。


 何故ベガが狙われたのか。


 後からマネに聞いた話では「有名人なら誰でもよかった」、「人を刺してみたかった」というクソみたいな理由。


 人を殺したいなら、まず自分で自分を殺してみろ、と思ったのは内緒の話。


 犯人は警察に任せるとして。


 ボクが闘わなきゃいけなかったのは事務所だった。


 味方であるはずの事務所が一番の敵だった。


 ベガを8月中に復帰させるって言いやがった。


 意味が分からなかった。


 黙るボクとベガに対して、マネと事務所のお偉いさんは、


「3カ月連続リリースの途中だし、武道館でのライブも控えている」


 と強い口調で言った。


「その通りなんですけど」


「なんだ。言いたいことがあるならハッキリ言え」


 高圧的な態度に腹が立ってきた。


 ベガに視線を向ければ、俯いたまま動かない。


 メンバーにべったりくっついて、二人になってからはボクにベッタリ。


 依存傾向がある彼女。


 鬱陶しいとは思わない。


 ボクだって彼女が必要だから。


 彼女がいなくちゃ、立っていられないから。


「早期復帰させるなら、せめて3枚目の発売日、9月7日まではボク一人で仕事をさせてください」


 ボクが彼女を守る。


 彼女の代わりに交渉する。


 実際、彼女が入院している間はCDのプロモーション、つまりテレビ番組への出演はボク一人で行っていた。


「中途半端に今月から復帰するよりも、発売日の翌日の歌番組から復帰した方が話題性ありますよね?」


 マネとお偉いさんは顔を見合わせ、頷いた。


「わかった」


 それだけを言うと彼らは病室から出て行った。


「……ごめんね」


 漸く顔を上げたベガの瞳は潤んでいた。


「いいんだよ、これぐらい」


 むしろ、申し訳なかった。


 こんなことしかできないことが。


 そうして、彼女は大したメンタルケアがなされないまま、8月中旬に退院した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る