俺は今から人を殺すのに。
この頃、舌と胃の調子が悪い。美味しいはずの料理が不味く感じるのだ。
どの料理も味が同じなのだ。まるでゴムのような味。
「食」という娯楽が人生から消えるとこんなにもつまらなくなるのだな。
日々、俺というものからいるんなものが消えていく。
消えては病み戻れない日々を羨む毎日に、彩はいよいよ彼女だけになってしまった。
彼女と会えるこの時間だけが大切だった。
弱っていく体、崩壊していく精神、考えることがたくさんあった。
ああ、心臓を食べてみたい。
決して人を殺したいとか、自暴自棄になっているわけではない。
もし、心臓を食べたら美味しいのだろうか?と純粋な疑問である。
そう、ほんとに疑問であるだけだ。
いや、これはエッセイであり俺の実体験を綴るので、いつかどこかで役に立つように本音を書こうと思う。
自分が人間でなくなっていっているのを肌で感じている。
俺はものすごく怖い。
俺はこの短い人生で、人を殺し、その人の心臓を食べるということがあるのだろうか。
ないと断言できないのが、ものすごく怖いのだ。
俺には、人間の、そして、心の優しい、彼女が、いるのに
頭が回らなくなってきてしまった
今日はもう、なにもかも捨てて、寝よう
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気分が悪い。
朝目覚めた時から、異変を感じるのだ。
感覚でわかる。俺はこれからだんだんと正気を無くしていく。
理性がなくなって行っているのがわかる。
ご飯を届けにきてくれた看護師、俺の容体を確認しに来た医者、すれ違う患者、彼女以外の人が人間ではなくてモノに見える。
「モノ」に見えるのだ。
理性が完全に無くなる前に、
この小説を書き続けるために、
俺は「モノ」の心臓を食べようと思う。
理性があるうちに、この病気に秘密について知りたいのだ。
俺は心臓を食べて、「喰ってやったぞ、さあ教えろ」と、刑務所宛に手紙を書くことに決めた。
犯罪者になる覚悟を。
ーーーーーーーーーーーーー
理性が失いつつある日から、俺は彼女に会うことを躊躇っていた。
「体調が悪いから」俺の病室に訪問した彼女を、ドア越しにそう断っていた。
「よくなったら教えてね。会いたい。」と寂しそうに言って帰って行く彼女の心臓を喰べたいとは、一ミリも思わなくて。
彼女だけは、「モノ」に見えない、
そのことにはとても安心している。
俺はもうすぐ犯罪者になるのだ。
こんなに心の優しい女の人の恋人が犯罪者とは、なんとも釣り合わない。
今日は朝から彼女の病室に来ていた。
いつもなら、彼女が昼寝している時間帯だ。
犯罪者になる前に、彼女の顔を一目でも見たかった。
深呼吸をして、彼女の病室に入る。
彼女は案の定、昼寝をしていた。
窓から光が差しているこの部屋は、病室なのに妙に明るくて、太陽の匂いと優しい雰囲気がした。
彼女の性格のような部屋に包まれながら安心した顔で寝ている彼女を見ると、これから俺がやることの恐ろしさに、全身が震えた。
この部屋も、彼女も、居心地が良すぎて、このまま時が止まったらと柄にもなくキザなことを心から願ってしまった。
今この瞬間の何もかもずっと覚えていたくて、いつでも思い出したくて、そっとスマホを取り出し、彼女の寝相に向かってシャッターを切った。
カシャっという音が予想よりも大きくて、起きてしまうかもしれないと焦って部屋から出ようとした時、
「まって、」と寝ぼけた声が部屋に響いた。
起こしてごめん、と後ろを振り返らずに言うと、「こっち向いて」と彼女に初めてわがままを言われた。
彼女からの初めての「お願い」にたまらずゆっくり振り返ると、彼女は安心した顔で微笑み、「やっと顔が見れた」と言った。
なんで、
人間離れしているはずなのに、
俺はこれから人を殺すのに、
なんで、
なんでそんなに優しいんだよ。
俺の目から弱い脆い醜い水滴が落ちた。
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人間を喰う 夜に書くアルファベット @yokiyomi81
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