殺人者からの誘い


心喰病になって半年。半年も経てば、肌の色などはとうに全身真っ白になった。


自分の元々の健常な肌の色など覚えているわけがなかった。


側から見たら幽霊か化け物か、そう思われても不思議ではない。



半年の間に変わったことはもう一つある。彼女の寿命が短くなったことだ。


医者にも予測できない悪化の仕方をしたらしく、彼女の余命はもって1年半か2年。




ここ最近、彼女には俺の病気を伝えるべきか否かをずっと悩んでいた。


俺はどれだけ理性を失っても彼女の心臓だけは食べないと自分を信じていたし、何より俺の残り少ない人生において、彼女の存在がなくなることだけは避けたかった。


しかし、徐々に人間離れしていく見た目に、彼女が不思議に思わないはずもなく、2、3ヶ月前に彼女から聞かれ、俺は彼女に自分も心喰病にかかってしまったことを打ち明けた。



彼女は意外にも驚かず、「わたし、その病気知ってる!小さい頃、父親に読んでもらった絵本に書いてあった」と、少し微笑みながら言った。


驚かないのか?と聞いたら、「極端に白くなっていく肌を見てて、もしかしたらって思ってたの。迷信だと思ってたけど、本当にあったんだ。」と。


本当に、彼女は変わっている人だ。


変わってて、救われる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



彼女が死ぬのが先か俺が死ぬのが先か。



この病気は凶暴性が高い。この病気にかかった患者が、病室を抜け出し人を殺して人の心臓を食べまくっていたこともあるらしく、その事件以降この病気の患者は監視、拘束されるかのように扱われてきた。

そういう安全性の高い治療法をしてきたからか、この病気については解明されていないことが多かった。

この病気になった場合の【寿命】も解明されていないものの一つだった。

この病気にかかったからと言って早く死ぬわけでもなく、長生きする人もその場で死ぬ人もいるらしい。


俺はいつ死ぬのだろうか?

純粋な疑問だった。

彼女はおそらく2年以内に死ぬのだろう。

その死を僕は見届けることはできるのだろうか?



長生きしたい。


できることなら、長生きがしたい。


この化け物の体のままでいいから、どうか彼女の死をどうか見届けたい。どうか。


俺には彼女しかいない。彼女にももう俺しかいない。


この病気について俺は知らなければならない。

いやむしろ、俺しか知ることができない。


知りたいという欲がここにきて顔をちらつかせてくる。



ーーーーーーーーー



俺は心喰病に罹ってから、同情されることが多くなった。

腫れ物を扱うように、でも怖いからなるべく遠ざけられる。

精神はとっくに狂いそうになってた。


そんな壊れていく俺をみて、彼女は「いざとなったら二人で逃げ出そう。」といつでも逃げ道をくれた。


いつでも一緒に逃げて、一緒に死のうよ。


彼女が笑ってそう言ってくれる度に救われた気持ちになってしまう俺は、病んでいた。



ーーーーーーーーーー



俺は今日、刑務所の中にある病院宛に手紙を書いていた。


手が震えている。こんなに震えるのは好きなアーティストに手紙を書いて以来だ。


なぜこんなことをしているのかというと、俺の知識欲に抗うことができなかったからだ。


刑務所病院には欲望のまま人の心臓を食べ歩いた心喰病患者が生きている。

心喰病についてわからないことは、同じ心喰病の先輩に聞けばいい。天才的発想だ。


俺はありのままに筆を綴った。


ある日突然、心喰病にかかったこと。

俺には彼女という生きる意味があること。

心喰病について誰も何も知らなくて、さらに知る術もないこと。

心から何か教えて欲しいということ。



心臓の動悸を抑えながら、手紙を投函した。


ーーーーーーーーーー


数日経って同じ心喰病患者から返信が返ってきた。


これは俺の体験談で、俺が死んだ後に残る文章だから、手紙の内容をそのまま載せることにする。




    拝啓、心喰病で悩んでいる君へ



私に手紙をくれたこと、嬉しく思う。今まですごく悩んだのだろうな。

恐らく、分かってあげられるのは私だけなのだろう。


心喰病という病気についてわからないことが多いと、そう知らされただろう。

だが、それは、間違いである。


心喰病にかかった人にしかわからない重要なことが一つある。

俺は”それ”を30年隠し続けてきた。


それについて、手紙に易々と書く気はない。

だがヒントだけ与えよう。



君も心臓を喰べてみればわかる。

喰べてみろ。

そうすれば、彼女と幸せになれる。


但し、すでに死んでいるやつの心臓はやめなさい。


喰っても分からなかったら、また手紙をしてきなさい。



        君の理解者より



衝撃的な内容だった。心喰病は徐々に理性が効かなくなっていく病気だからか、彼の書く字は拙かった。


喰え?俺に?人を殺せと言っているようなものじゃないか。


この人は理性を無くし、いろんな人の心臓を食べまわった人、つまり人殺しだ。


そんなやつの言うことなんか聞く方がおかしい。


やはり聞く人を間違えたのだろうな。


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手紙をもらってからそのことについて毎日考え続けていた。


手紙だって何回読んだかわからない。


なぜ、俺にこのようなことをさせるのだろうか?

なぜすっと教えてくれない?

なぜ喰えばわかると断言できる?


様々な疑問を浮かべては消し浮かべては消し。


人間を殺すと言うのは人間にとって大罪だ。

そんな罪を犯して死んだら、彼女と一緒の天国へ行けなくなってしまう。


頭から離れない”心臓を喰べる”ことへの興味は必死に見ないふりをして、ただ罪を犯したくないと、その一心で。


人間でありたいと、本当にその一心で。


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