壇上の魔

 壇上には、アイナバが立っている。彼女は母に似た美貌びぼうではあったが、美しいというよりはかわいらしいというのが正しい。宝石のような緑色を備えたその瞳は、きらめきを外にこれでもかというぐらい見せつける大きさである。肌は白く、まるで砂のよう。口角が上がる笑顔は、煌めく太陽である。


 と壇上のアイナバを眺めるヘロウデは思っていた。馬鹿馬鹿しい親ばかのようではあるが、これと似たような単語の連想を宴会場内の多くの人々がしていたので、あまり問題はない。この半年で王によって表舞台に頻繫に出るようになったその少女に対して、噂好きの席上の人々はそのほかどのような思いを抱くのか? その考えはあの拍手に混じって空気の中に霧散していく。


 ケイリーンだけは、彼女に対して燃えるような瞳をぶつけていた。一瞬それがアイナバに当たってしまうと、壇上の彼女は瞳をかすかに揺らして、正面を向いた。


「ケイリーンとヘロウデの娘、アイナバです。七つの竜の踊りを踊ります。よろしくお願いします」


 やわらかい、風にのるような声で彼女はあいさつをする。「ヘロウデの娘」という部分を聞いた観客は、心の中で動揺した。それは勿論、彼女がアンデゴ公の娘であるからである。しかし彼女のあいさつの声は一切震えはない。政治的な配役か、はたして観客にはわからない。


 アイナバはあの翡翠の宝石を閉じ、頭を下に下げる。白いドレスのスカートの端を小さく持ったそのお辞儀には、見て取れる高貴さがある。皆は喋るのをやめて、彼女を見つめた。壇上のアイナバの光によって、シャンデリアの光は、汚れないその一点をより照らす照明のようになっている。


 舞台は始まる。先のメッケルのピアノのような騒がしさは消えている。そのメッケルは、彼女の「七つの竜の踊り」の背景音楽のためにいまだにピアノの前にいる。彼は楽譜に目を落とすと、竜という割にはおだやかな曲がそこにはあった。


 メッケルは彼女の顔を見る。ちょうど合図のために右側のピアノのほうを見たアイナバは、こちらをみつめるメッケルに微笑みかける。その瞳に射抜かれた彼は、いつの間にか鍵盤に指を触れていた。音のなる瞬間に、メッケルは自分のなかの恐ろしい部分と、彼女の透明で天使的な魔力を感じないわけには行かなかった。

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踊り子 笠井 野里 @good-kura

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