踊りのはじまり

 無数のシャンデリアが真白い光を放っている。しかしその光が、酒と料理と貴族たちのひしめくテーブルまで届く頃には、濁った空気で汚れてしまって、多少の薄暗さを宿すのだった。

 そんな哀れなシャンデリアの光を見つめている少女がいた。今日は少し不吉な予感がする。少女はそう思った。


「次はアイナバ、お前の踊りを見せてくれ!」

 急に王の野太い声が聞こえると、少女はピクリと身体を反応させて、はいと返事をした。


 王は少女を、アイナバの宝石のような緑色の瞳を熱っぽい視線で追っていた。それは酒が王にそう命じているのだろうか? 全ての上に君臨くんりんする王に? それとも王には、義理とはいえ娘であるアイナバに……


 ヘロウデは思考を中断してアルコールを脳に回した。今夜は楽しい、メッケルのピアノもやはり美しかった。アイナバの踊りも上手いのは知っている。今日は私の誕生日。何らつまらないことなぞ起きるはずもない。月も綺麗だ。よくよくみると、大きい月は満月。小さな月は下弦かげんの細い三日月か。しかし不思議だな、月の光る原理からすると――いかんなあ、綺麗なものは綺麗の一言でいいのだ。今日は楽しい、楽しいから楽しいのだ。


 ヘロウデは溢れる思考をなんとか断ち切って、舞台の方へ向かうアイナバを再度みた。その視線がまだ熱を帯びていることに、ヘロウデは気がつかなかったが、歩いているアイナバも、ヘロウデの隣に座るケイリーンも、彼の眼に気がついている。から。


「アイナバの踊りって、そんなに上手いかしら?」

 妙にねばついた声でケイリーンはヘロウデに問う。夫はその問いを一笑にすかのように答えた。


「上手いかどうかではない。娘の踊りをみたいのだ」

 妻はその答えこそ一笑に付すべきと心の中では思ったが、それを顔には出さずに夫の発言に追従ついしょうした。

「それもそうね」


 二人が会話にならないような会話をしているうちに、娘は壇上に上がって、お辞儀をしている。白いドレスをまとった少女は、はたから見ると踊りにくい格好で立っている。宴会場の皆は、酔った王の気まぐれに付き合うアイナバに少しの同情をしながら、彼女に対して拍手をした。

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