第二十五話 一本の針
「どうにかできると思ったんだけど」
「違う土地に行くと何か普段はできない事ができちゃいそうだって思うやつだねー」
「………否定はしない」
ハシビの言葉に項垂れた土羽梨はとてつもない重力を抱えたまま、のろい歩みを続けていた。傍らでは、亀が土羽梨と並行して歩いていた。
(うう、重たい)
この重力を考え方ひとつでどうにかねじ伏せられると思ってしまったのだが、結局どうにもできなかった。
(そんなに人生甘くないか)
甘くはない。
楽々と身体を動かせて。
楽々とあの人を見つけて。
楽々と『砂の国』の支配を諦めさせて。
楽々と『砂の国』へと戻って。
また元の生活に戻って。
なんて。
そんな甘い話はない。
大体そんな甘い考え方が通じるなら、すでに今頃『砂の国』に戻っているはずである。
(………動けた時に、奇跡みたいな事ができちゃうんじゃないかって。思ってしまった、の、は。やっぱり、ハシビの言う通り、違う土地にいるから、っていうのも、ある)
んじゃないかなー。
「はあ」
「ねえ。土羽梨」
「何?」
「オレの背中に乗る?」
「あの人を見つける為に?」
「うん。それに土羽梨を気に入っているから、あんまり辛い想いしてほしくないし」
ぴくり。
重力の所為ではない微動を肩に見せた土羽梨は、しかしやわく頭を振って、お願いしようかなと、言った。
(莫迦。今は拘っている場合じゃないでしょ。それにハシビは頭を見て言ったわけじゃないでしょ。だから素直に申し出を受けないと。早く『砂の国』に)
『可哀想な人』
『私たちにできる事は何でもするから』
『髪の毛がないあなたは私たちみたいに家事でも仕事でも何でも満足に解決できないんだから、私たちの手助けが必要なのよ』
拘っている場合ではないのに。
ハシビの申し出が一本の針となって、胸に刺さったように感じた。
(2023.8.22)
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