第14話 一か八かの

 他の人と感想や発言がかぶらないよう、しっかりと耳を傾けつつ考える。

(そうだ)

 ふと、先日身に着けた技術が生かせるのではないかと気づいた。

(下手をすれば顰蹙ひんしゅくを買うかもしれないけど)

 私は手にしていたアイダンの著作の、目をつけていたページを開いた。


「ミューリ嬢」

 やがて私の名をウィヒッツ夫人が呼んだ。

「貴女のご意見も聞かせてほしいわ」

「はい、私は……」

 私は作品名と、お気に入りのシーンを挙げる。

「特にここの台詞ですが、恋する乙女の気持ちがとても細やかに表現されていて、胸に染みました。私自身の心がそのまま本になり、一枚一枚ページをめくって確かめていくような、そんな心持ちになりました」

「あら素敵。心が本になって、そのページをめくるだなんて」

「はい。そして何より心に響いたのはこのセリフです」

 私はソファから立ち上がり、胸を張る。そして中性的に聞こえるよう低い声で語り始めた。


「あぁ、なんと愛らしい方だろう。貴女の噂を耳にするたび、僕の心にはひとひら、またひとひらと恋が降り積もっていきました。会いたい気持ちが募り、その甘い胸苦しさに幸せと苦しみを味わい続けてきました。しかし今宵、ついに貴女とこうしてお会いできたのです。僕の心に降り積もった恋心はあなたの眼差しの前に全て溶け、今や奔流となって僕を飲み込まんとしています」


 女主人公ヒロインではなく、あえてその恋のお相手役のセリフを私は演じてみせる。

 先日演技指導のワッザーから、どこをどうすればどんな役どころを演じられるか、ポイントを教わった。その中の一つに『男らしい演技』があったのだ。

 ひとしきり演じた後、私は元のミューリに戻りにっこりと微笑む。

「このセリフが本当に素敵で。私自身がこんな風に言われたらどれだけ幸せだろうと思いつつ何度も読み返し、ついに暗記してしまいました」

 静まり返る室内。私は恥じらうように微笑んで見せつつも、内心「どっちだ!?」と冷汗をかきつつ結果を待つ。


 やがてぱちぱちぱちと拍手が聞こえて来た。

 作者のアイダンだった。

「いや、素晴らしい」

 ロマンティックな作風とは裏腹に、やや厳めしい顔つきの中年男性が、口元を緩め、歩み寄ってきた。そしてスマートに私の手を取る。

「今のは、エゥトーゴのセリフですね。こんなにも愛らしい方が演じたというのに、先ほどの貴女の姿は麗しい好青年に見えましたよ。僕の書いたものがこんな素晴らしい芝居になるとは」

 アイダンが言葉を終えると、女性陣の間から、ほーっと息が漏れた。

「えぇ、本当に。私自身がエゥトーゴから愛を囁かれているようでドキドキしてしまいました」

「この作品、ぜひとも王立の大劇場で見てみたくなりましたわ」

「女性が演じる男性と言うのは、何とも言えない魅力があるものですのね」

(よし、好感触!)

 少なくとも、作者自身と客からは好意的に受け止められた。あとは……。

「ミューリ嬢」

 背後から聞こえて来たウィヒッツ夫人の声には、咎めるような響きがあった。

(う!?)

 サロンの主には不評だったか。

「はい」

 私は恐る恐る、ウィヒッツ夫人をふり返る。彼女は少し面白くなさそうな顔つきをしていた。

しかし次にその口から飛び出したのは、思いも寄らない言葉だった。

「ずるいですわ、アイダンばかり! 私の作品の中に、演じてみたくなる台詞はございませんでしたの?」

「え? あ、とんでもないことです!」

 私はソファに置いていた彼女の著作を手に取る。そして、しおりを挟んでおいたページをさっと開き彼女へ示した。

「このセリフ、私に演じる許可をいただけますか?」

「許可など必要ありません」

 ウィヒッツ夫人がフッと微笑む。

「そのセリフ、私にとっても思い入れのあるものですのよ。さぁ、早く見せてくださいまし」

「はい! では」


 ■□■


 サロンの客を全て送り出すと、ウィヒッツ夫人は満足気に微笑んだ。

「今日はとても面白いものが見られましたわね」

「えぇ」

 アイダンは楽し気にうなずく。

「僕は今、次の作品に男装の麗人を登場させようかと考えております」

「まぁ、アイダン、ずるいわ。私も同じことを考えておりましたのよ!」

「ではともに書きましょう。どちらがより、ご婦人方の心を掴むか勝負です」

「いいでしょう、受けて立ちますわ」

 二人の作家は顔を見合わせ笑う。

 ミューリの評判が作家界隈に広まり、そして王妃の元へ届くのに、そう時間はかからなかった。

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