第13話 音沙汰なし

 国王陛下との芝居がかった出会いから、ひと月が経とうとしていた。

(あれから何もない……)

 私はベッドに寝転がったまま、胸に抱えた枕をぎゅっと抱きしめる。

 カイルは、陛下に名を聞かれても名乗らずすぐその場を離れろと言った。だから私もその指示に従ったけど。

(やっぱり名乗った方が良かったんじゃないかな?)

 名前を伝えていないのだから、陛下が私を王宮に呼ぶこともないだろう。と言うか、進展のしようがない。

(カイル、頭がいいと思って言われた通りにしたけど、これ失敗じゃない!? 貴重なチャンスをふいにしてしまったんじゃないかなぁあ~!?)


 ぎちぎちと枕を締め付けていると、ノックの音が耳に届いた。

「……何やってんだ、お前」

 ベッドの上で不貞腐れ、枕を締め上げている私を見て、カイルが呆れた表情となる。

「ねぇ、カイル。やっぱりあの時、名前を告げた方が良かったんじゃない?」

「湖の話か? いや、あれはあれで印象付けたはずだ」

「だってさー、国王陛下に名前聞かれて答えなかったとか、普通に失礼だよね? 水から上がって、ちゃんとした挨拶すべきだったんだよ」

「あそこで水から上がれば、お前はただの人間になってしまっていた。近くの別荘に来ている子爵家の人間と分かれば、ひょっとするとその日は一夜の甘い夢を見られたかもしれんが、な」

「甘い夢って……国王陛下のお手付きになるってこと!? じゃあ、チャンスだったんじゃない!」

「その一夜で飽きられる可能性が高い。ピクニック先で見つけた面白い女止まりだ」

「そんなのわからないじゃない! あぁ、勿体ない!」


 うーうー唸る私の頭に、カイルはペシペシと何かを当てる。

 受け取って見てみれば、それはウィヒッツ侯爵夫人からのサロンへの招待状だった。

「ウィヒッツ夫人と言えば、侯爵夫人でありながらご本人も作家をされている才女だ」

 招待状には、夫人のお抱えであり作家仲間でもあるアイダン・モヒャルの名が記されていた。この日は新作発表ではなく、彼と文学について意見交換する日とされていた。

「アイダン・モヒャルの小説は一冊だけ読んだかな。かなり甘めでロマンティック路線の作風だよね。ウィヒッツ夫人のは読んだことないな」

「俺が数冊持っているから、あとで貸す。主催者の作品を一冊も知らないというのは、さすがにまずい。アイダン・モヒャルは女性に人気の作家だな。すぐ数冊取り寄せる。当日までにしっかり目を通しておけ」

「……わかった」

 寝ころんだまま面倒くさそうにため息をついた私の側に、カイルが腰を下ろした。

「ミューリ、相手は侯爵夫人だ」

 カイルの手がくしゃりと私の頭を撫でる。子どもの頃、よくしてくれたように。

「しかも女流作家として、幅広い人気のある方だ。王妃様とも交流が深い」

「そうなんだ」

「上手くやれ。気に入られれば、王妃様付きの女官の道が開かれる可能性がある。国王陛下の褥へまた一歩近づくぞ」

「! そ、そうだよね!」

 湖の件は今更悔やんでもどうしようもない。

 ならば陛下の元へたどり着くために、これまで通りサロンで頑張るしかない。

「湖の一件は無駄になってないはずだ。いずれ大きな効果をもたらす」

(カイル……)

 私は頭に添えられたカイルの手に、自分の手を重ねる。

「カイルは、私に陛下の公妾になってほしいんだよね? そうすればカイルは、陛下から見返りがもらえて目標達成なんだよね」

「……そうだな」

 ふとカイルの目元が愁いを帯びる。

 だがすぐにそれは消え去り、そのおもてにいつもの明るさが戻った。

「まぁ、精いっぱい頑張れ。お前が国王陛下と恋をするには、この方法しかないんだからな、ミューリ。お互い夢を叶えて、幸せになろうぜ」

「うん」



 ウィヒッツ夫人のサロンの日がやってきた。

 経験をそれなりに重ねた私は、挨拶からトークまでそつなくこなす。

 ウィヒッツ夫人の著作への感想を述べると、彼女は楽しそうに目を細めた。

「噂通りの方ね、ミューリ嬢。語彙と感性が豊かで、貴女の言葉は詩そのものだわ。貴女も何かお書きになればよいのに。きっと多くの方の心を震わせる作品を生み出せるわ。その時は私と作家友だちになってくださいましね」

「畏れ多いことです、ありがとうございます」

(うん、よし!)

 よくぞ自分でも、これだけ舌の回ることだと思う。けれどカイルに言われた通り、嘘は絶対に言っていない。花を束ねてラッピングして、ブーケにして渡すような感覚だ。


 やがて、アイダンの著作について語り合う時間が来た。やはりここに招かれた人たちは文学に精通している。分析が鋭いし、着眼点もいい。誉め言葉の語彙も豊富だ。

(これは、普段通りにやると埋もれるな……)

 ウィヒッツ夫人の心に残るには、皆と同じことをしていても駄目だ。

(さて、どうするか……)

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