第5話 褒め方の練習

――明日からお前に色々叩き込む。覚悟しとけ

 確かにカイルはそう言っていたけど。

(予想以上だった!!)

 翌日、私は書斎で積み上げられた本に囲まれていた。見たことのない本は、カイルが実家から持ってきたものだろう。

「お前は元々一般的なご婦人方より読書量が多い。だから、半分くらいの量で済みそうだ」

 これで半分!?

「さぁ、始めるぞ。けなすのはアホでもできるが、褒めるには知識や語彙力、そしてセンスが必要となるからな」

「そんなもの?」

「そうだ、例えば……」

 カイルがニッと笑った。

「ミューリ、俺を褒めてみろ」

「は? 特にな……」

「い」の文字を言い終える前に、頭上にチョップが落ちて来た。

「何すんのよ!」

「これもレッスンの一つだ。いいからやれ」

(ぐぬぅ)

 私はカイルをじっと見る。

「えぇと、背は高いし、顔はいい」

「それから?」

「足も長いかな」

「他には?」

「えぇ~……。あ、頭よさそう、意外と」

「『意外と』は、いらん。もう終わりか?」

「う~ん、う~ん、面倒見はいい? かな?」

「それで?」

「終わり」

「100点満点で5点ってとこだな」

 うわ、私の成績酷すぎ!?


 カイルはため息をつきながらがりがりと頭を掻く。

「仕方ない、俺が手本を見せてやる」

「手本?」

「ミューリ」

 カイルの手が、私の顎にかかった。軽く持ち上げられると、カイルの青い目がまっすぐに私を見下ろしていた。

「きれいだ」

「!」

 思わず息を飲む。カイルは口元をほころばせ優しく微笑んだ。

「その菫色の瞳、夢見る少女の面影を残しながら、深い知性を感じさせる。好奇心に輝く澄み切ったその瞳に見つめられると、秘めた想いを見透かされてしまいそうで、少し怖いくらいだ」

(え? なに? なんなの?)

 身を反らし逃げようとした私の髪を、カイルの手がひと房そっとすくい上げる。そしてそこへキスを落とした。

「この甘いピンクブロンドの髪。手の中で淡雪のように溶けてしまいそうなほど繊細なのに、つやつやとした光をたたえている。何て愛らしくも美しいのだろう」

(か、カイル?)

「バラ色の唇は艶めき、まるで朝露を含んだ花びらのようだ。わずかに開いた口元から覗く白い歯は真珠のように輝いている」

(ちょ、ちょっと……!)

 私の心臓が、さっきからうるさく高鳴っている。顔も何だか熱い。

「そしてこの、桜色の頬は陶器のようにすべやかで」

「わーっ!」

 熱のこもった頬に触れられそうになり、私は慌てて彼の指先を逃れた。

「わかった! わかりました! 勉強になりました!」

「あん? まだ顔の表面しか褒めてないが? 他にも指先とか仕草とか声とか表情とか」

「いや、もう結構です! 褒める時に何が必要か、何となくわかりました! 比喩大事! 発想大事! 表現力大事! 観察力大事!」

 私の心臓はまだうるさい。音を聞かれたくなくて、カイルから距離を置く。

「おい、逃げんな」

「うるさい、こっち来んな」

 うるさいのは、私の鼓動だが。

 カーテンの陰に隠れる私をカイルは呆れたように見ていたが「何やってんだ」と呟くと、机の上の本を一冊手に取った。

「これには語彙力と表現の幅を広げる例文がたくさん載っている。全部頭に叩き込め」

「うぃす」

「集中したいだろうから、俺は別の部屋にいる」

 そう言い残し、カイルは扉の向こうへ姿を消した。

(なんなのよ……)

 私はカーテンを掴んだまま、ひんやりした窓ガラスに額を当てる。

(カイルにドキドキさせられるなんて)

 幼い頃から、よく家に遊びに来ていた遠い親戚。まるで兄のように接してくれていた人。

(わかってる、さっきのはあくまでも『見本』! これを褒めるときにはこうしろ、っていう指針を示してくれただけ)

 それは分かっているのに、捧げられた言葉の一つ一つが、胸の奥を甘く疼かせる。

(あーっ、もう! カイルのくせに!!)

 私をまっすぐに見つめたラピスラズリのような深い藍色の瞳。それが心から離れない。これまでさんざん見てきたはずなのに。

(ええい、集中集中!!)

 私は頭をブンブン振る。ふぁさ、と髪が頬に触れた。

 ――そしてこの甘いピンクブロンドの髪。手の中で淡雪のように溶けてしまいそうなほど繊細でありながら、つやつやと光を跳ね返している。何て愛らしくも美しいのだろう

「だーまーれー!」

 私は髪をあえて乱暴に後方へ払いのける。

「私の目標は陛下の寵姫! カイルのことはどうでもいい!」

 自分に言い聞かせると、私はどっかと椅子に座り本を開いた。

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