第4話 勝ちあがるために必要なこと


「アーホーかー!」

 帰宅し事の顛末を語ると、カイルは頭を抱えた。

「嘘だろ、ミューリお前……! 画家の目の前で、描いた絵よりもモデルの方がいいとか、それどこか額縁を褒めたって、お前……! 噓だろぉ……」

「だから、しくじったなぁって言ってるじゃない」

「はー……」

 カイルはへなへなとソファへ倒れ込む。

「ハネーギル夫人はお優しい方だから、一気に悪評が広まるとは思わないが」

「……ごめん」

「念のために聞くぞ。帰る時、なんて言われた?」

「え? 『ではごきげんよう』?」

「駄目だったか……」

「駄目って、何が?」

 カイルは身を起こし、頭痛を起こしたように額を抑えた。

「もう一つ確認するが、『次も必ずいらしてね』と、手を取って言われてないんだな」

「うん」

「サロン主催者は、また招待したいと思った相手にはだいたいそうするんだよ」

「え……」

 すぅ、っと血の気が引いた。

「えっと、つまり……?」

「彼女から招待されることは、今後望めないだろうな」

 あー、聞きたくなかったけど、やっぱり!

「どうしよう」

「どうしようもない」

 素っ気なく言って、カイルは姿勢を正す。

「今回はハネーギル夫人で助かったと思うしかない。気難しい相手なら、お前の悪評はすぐに陛下の元へ届くだろうな。そうなれば陛下の恋のお相手への道は、完全に断たれていたぞ」

「そこまで!?」

「当然だ」

 カイルは指を組み、そこへ顎を乗せる。

「陛下の愛妾になりたい人間なんて、腐るほどいるんだ。わずかでも落ち度があれば、すかさず食いつかれる。ライバルは完膚なきまでに蹴落とそうと、みんな虎視眈々と機をうかがっているからな」

 ひぇ。

「それにしてもカイル、色々詳しいのね」

「伯爵家の三男坊だからな。のほほんと口開けて座ってるだけで地位が手に入る奴らとは、違うんだよ。生き抜くためには、それなりの知識や情報が必要なんだ」

 なるほど。

「そう言うわけだ、ミューリ。次は絶対に面白いことをしてこい!」

 面白いこと?

「私、道化師じゃないんだけど」

「そうじゃない。次回も招待したいと思わせる、気の利いた言動を心がけろと言っている。好印象を相手に刻み込め!」

(次……)

そんなチャンスは、来るのだろうか。

「好印象って言われても、どうすれば……」


「リューズ夫人は、芸術に造詣の深い方だった」

「!」

 陛下の寵愛と信頼を一身に集めていた前公妾の名に、軽く息を飲む。

「彼女と同程度の知識をつけろ、センスを磨け、適切に言語化する能力を身に着けろ」

「そんな簡単には……」

「やるんだ、ミューリ。陛下の愛がほしくないのか。陛下と甘い恋がしたいんだろう」

 カイルの言葉に、私はサロンに行くこととなったそもそもの目的を思い出した。

「うん。ガレマ11世様と、私は恋がしたい」

「そうだ、そして俺は地位や金が欲しい。そのためにはここで腑抜けてる場合じゃ」

「ないよね」

 私は姿勢を正し、カイルに向き直る。

「カイル、私に教えて。リューズ夫人をしのぐ存在になるには、どんな知識を身に着ければいい? 私は何を学べばいい?」

「……」

 ふいにカイルの手が伸びて来たかと思うと、私の頭を撫でた。

「ひゃっ、何?」

「いや」

 カイルがくすりと笑う。

「頑張ろうとしている妹分が、ちょいといじらしく見えただけだ」

「何、それ」

 撫でられて乱れた髪を、私は直す。

「明日からお前に色々叩き込む。覚悟しとけ」

「うん!」


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