それは、金だった。

 大きな金の塊だった。

 私は息をのむ。あれが私なのか、と。

 

 土の中から掘り起こされ、金塊は高額で取引されて一人の金細工師の所有物になる。

 そして金塊は金細工師の手によって誰の目をも惹きつける、唯一無二の芸術品へと姿を変えた。


 映像を観ながら、確かに、と思う。

 確かに、私の瞳には装飾の一つとして金粉が散りばめられている。

 身じろぎすると、耐久年数をオーバーした体が軋んだ。私は知らず知らずのうちに、指で瞼を撫でている。

 そうか、主人を亡くし廃棄処分目前のアンドロイドの私は、パラレル世界では金塊だったのか。


 芸術品へと昇華した金塊は、たくさんの人々の心を奪った。

 人から人へ、欲する者たちの間を値段をつり上げながら渡り歩く。金塊だったそれを多くの人が所有し、心を満たしたが、でもそれだけだった。

 手に入れ、周囲へ自慢げに見せびらかし、自身でもあらかた鑑賞してしまえば、あとはただの置物と化した。

 欲しがる者がいる間はまだよかったが、もっと技術の高い金細工が市場にあふれ始め、次第にそれは芸術的価値も落ちしまい、芸術品からガラクタへと変貌していく。

 

 私も、そうだった。

 私はアンドロイドそのものがまだ珍しかったころに市場に出された商品だ。

 時代とともに新型アンドロイドが次々と生まれ、私と同じ型のアンドロイドたちがあっという間に廃棄処分されていく中、私は運よくあの主人の元にたどり着いた。

 新しいものはどうもね、性能が高すぎて逆に使い勝手が悪いんだよ。

 そう言って、主人はサポート期間が過ぎ、耐久年数を超えた後もずっと私を使い続けてくれた。

 でも、それだけだ。

 あの主人がいなくなってしまえば、私にはもう、何の価値も無くなってしまった。

 

 金塊から芸術品へ、そしてガラクタに成り果てたそれは、最終的に二束三文の値で金塊を加工した金細工師の手元へと戻っていった。

 金細工師はもう金細工をやらない。ずいぶん前に引退していたのだ。

 元金細工師は一日一日を噛みしめるように、自身の作品である別世界の私を愛でながらゆったり過ごす。

 永遠に続くかと思うほどの和やかな日々は、それでもやはり、終わりが来た。

 元金細工師が生を終えた後、別世界の私は親族によって無料も同然の値で売却された。

 

 売却された先で、別世界の私はやすりにかけらる。

 端から徐々に形を失い、粉末になっていく私。


 私は血の気が引いていくのを感じた。

 旧型の私は、当時コンセプトだった限りなく人に近い存在として、感情というものを持たされている。今では時代遅れも甚だしい機能だし、これのせいで引き起こされた数々の不具合が原因で、当時はかなりの数の同型アンドロイドが破棄されたものだった。

 もういいだろう。

 私はすり潰されてゆく金から目を反らす。

 これが、不用品の末路なんだ。

 箱は開けた。中の猫にはなんの価値も無かった。生死なんて関係ない。中に猫はいたけれど、その猫にはなんの価値も無かった。ただそれだけだ。


 私は席を立ち、まだ映像を流し続けるアーミラリ天球儀に背を向けた。

 もういい。満足だ。

 私の価値は主人がいなくなった瞬間に一緒に無くなった。それがわかっただけで、もう、いい。

 ドアを開けると受付の人が扉の前に立ちはだかり、通路を塞いでいた。

「席にお戻りください」

 私はぎょっとして、数歩後ずさる。

「上映はまだ終わっていません。席にお戻りください」

 確かに、まだ終わってはいない。しかし、最後まで観なくてはいけない義務などなかったはずだ。

 私はもうこれ以上パラレル世界を観る意思がないことを伝えようとしたが、受付の人に睨まれてしまい口ごもってしまう。

「最後までご観覧ください。あなたには、その必要があるはずです」

 受付の人と見つめ合うこと数秒。

 ふと、相手の瞳に不自然な光を見た。失礼にならない程度によくよく覗き込んでみて、気が付いた。金粉だ。

 それは私と同じ型のアンドロイドが、人とアンドロイドの区別をするため施された装飾の一つだった。

 驚きで声も出せずにいる私に、私と同じ型のアンドロイドがこちらへどうぞと席へ促す。

 私は言われるまま、再度着席して映像に目を向けた。


 金はすっかりすべて金粉になっている。

 別世界の私を買い取り粉にした人は、細い筆を使って陶器に走る茶色い線をなぞっていた。

 知っている。

 あれは、確か漆だ。陶器の茶色い線は割れた陶器を接着した跡だろう。以前、主人が気に入りの湯飲みを割ってしまい、修理に出したことがある。

 線をなぞり終えたその人は、真綿で金粉を取り、優しく修理跡に蒔いていく。

 茶色い跡が、金粉をまぶされたことで、まるで生まれ変わったかのように表情を変えた。

 そう、よく覚えている。主人のあの、嬉しそうな顔。

 金粉が、一度は割れてしまった湯飲みに新しい命を吹き込んだのだと。


 いつの間にか上映は終了していた。

 ドアを開け、今度こそ部屋の外へ出る。

 受付のアンドロイドは持ち場で別の入場者の相手をしていた。

 私はその横を通り過ぎ、しっかりとした足取りで建物の外へ向かう。

 





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