8月7日 禁忌2

 この家にも夜がやってきた。コオロギとスズムシが鳴き叫んでいる。実際は鳴いてはいないらしいが、それはどうでもいいとして、夜中に子どもたちを狩りに行かせるわけにはいかないから、この老いぼれ(周りに比べれば)が必死こいて集めることにした。

 俺の家にはホタルがよく来る。子どもたちもそれが楽しくて夜中に狩りに出るのはお兄さんだけだと言ったら快く了承してくれた。とにかく鳴き声を頼りに一匹ずつかごに入れていく。西洋生まれのこの籠は本来持っててはいけない物だ。だから俺は、遠目にはこれが提灯ちょうちんにしか見えないように改造してある。近くで見ようとする無頼ぶらいやからには、懐中電灯で目を潰してやるのさ。でも、懐中電灯と言うと二つ眼の事件を思いだす……あれの生還者だと言っても、誰も信じてくれないだろう。あの事件で生き残ったのはたった一人なんだからな。俺は……森の中で大人しく暮らしていた……


「お兄ちゃん? どうしたの」

「あ、コラ。外へ出たらダメだと言っただろう? お兄ちゃんも今から帰るところだから、一緒に帰ろうな」


 外にでてきた女の子……ここに疎開してる子で一番歳上の子だ。とは言え、俺からすればみんな同じ子どもだけどな。

 コオロギはこの図鑑によれば甲殻類と似た味がするという。なんだか未来人の予言かなんかの手紙が届いたときにコオロギを食わせてはいけないと書いてあったな。戯言を……この国は戦争に負けるだのなんだの送ってきやがる。しかし、言語は日本語だ。負けたのに、日本語話者がいるというのはなぜだろうか。大本営が言うにこの戦争は負ければ大和民族は皆殺され、文明も滅びるらしいが、そうでもないのだろうか。

 ……難しいことを考えていても仕方ない。未来人の時代ではコオロギは食い物じゃないかもしれないが、少なくとも今を生きる俺たちにとってはこれでも大事な食い物だ。どう食うのが美味いか図鑑を見ながら、見様見真似みようみまねで作ってみた。


「兄ちゃんって、こんな美味いの作れたんだね! すごく美味しい」

「本当。エビさんみたいで美味しい」

「そ、そうか。うまくできてるか。なら良かった」


 見た目がキモいから粉末にしてわらび餅の粉にしたら、ウケた。未来人は粉末にしたコオロギのせいでアレルギー云々と書いていた。もしそれが事実なら、俺はとんでもないことをしている。しかし、悪いがこの子たちがこのまま安全に生きていけるとは思えない。だから……と言うのもおかしいが、俺はコオロギを食わせている。俺にとっては雀蜂みたいな肉肉しいのが好みだから食べないがな。アレルギーが怖いわけじゃない。……心の声だ。外国語は、心の中だけで言うのだ。未来人が送ってきた手紙にも外国語がよく書いてある。……明日、八月六日、が落とされるらしい。何を言ってるのかわからんが、未来人も今の時代外国語が禁止なのを思いだしたんだろうな。急に日本語だ。

 難しいことを考えていても仕方がない。


「さあみんな消灯の時間だ。今日は俺が少し遅かったから、塩で歯を磨く猶予をいくらか延ばす。二十二時消灯だ。わかったか」


 はーい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る