8月2日 2番手(悪夢)

 学校や職場、ゲーム……なんでも良いのですが、皆さんはを経験したことはありますか? 私は(自慢になってしまいますが)上位であることの方がどちらかと言うと多いです。それも、上位半分とかではなく、トップテンなどの上位です。しかし、上位になったは良いとして、その次はどうするのでしょうか。さらに上を目指すのか、その順位であることに満足してそれをキープするのか。しかし一番上の人は私の経験上、青天井でどこまでも成長します。そうなると、その後ろを追う二番手はどうなるでしょう。当然追いつけません。では、もしその人物が一番になることを願われていたら……? それも、キツいほどに。夢で良かったと思うと同時にこれは誰かの記憶……と言うより執念が私に見せた現実ノンフィクションの話な気がして、その方が気の毒にも思える。そんな夢の話です。


少年の日記

XX02年8月2日

 ぼくはもとむ。ようちえんから小学こうに上がって今は二年生。少しずつだけど、一年生のころからべん強してた九九とかん字が出来るようになってきた。でも、ぼくよりもっと先にすすんでいる女の子がいる。タエちゃんだ。タエちゃんはぼくの知らない「二次かん数」や「かん文」を知っている。ぼくはすごいと思った。それは中学生になってから知ることだとタエちゃんが言っていたからだ。だけど、ぼくのお母さんは「求もタエちゃんみたいにかしこくならなきゃいけないの。いたいのはイヤでしょ」って、ぼくにまい日ひどいことをしてきた。かおにアザが出来るとバレるからって、いつもなぐるのはおなかのところ。ごはんの後でも、いつでもそこをなぐられる。だからぼくはいつもゲーゲーして、ハラペコ。まわりの友だちよりもすごくかるいんだ。お父さんにかたっぽのうでで持ち上げられるくらい。でも、お父さんはお母さんを止めない。お母さんよりずーとずーっと強いはずなのに。ぼくは、何どもお父さんにおねがいした。「おねがい、お母さんをころして。じゃないとぼくがしんじゃう」って。でもそのたびお父さんはイヤそうなかおをしていた。ぼくは、この文しょうを夏休みのしゅくだいとしててい出して、学こうの先生やPTAの人にたすけてもらうことにした。きっと学こうは国の人が作ったたて物だから、国ならなんとかしてくれると思った。

 夏休み明け。ぼくはしょうこが十分あるとおまわりさんのおじさんに言われて親せきのおじさんおばさんの家に住むことになった。今ではそこでとてもしあわせにくらしています。……少なくとも、この時点では、私は永遠の幸せを手に入れたのだとばかり思っていた。

XX09年同月同日

 俺は求。中学三年生。昔はクソババアにどちゃくそ暴力振るわれてたけど、今は優しいおじおばの元に預けられ青春を送っている。あのクソババアがいなくなってからの生活はとても快適だった。その地域は俺が元々住んでいた地域よりも学力が低く、常に俺がトップ。そのことをおじおばも喜んでいた。……これが、俺が中三になる前までの話だ。俺が中三になると、あのタエちゃんが引っ越してきたのだ。なんと、俺を追ってこんなど田舎の不便な学校に転校したと言うのだ。どうした? 元の場所では俺がいなくなって他のやつらに追い抜かれたのか? そう、嫌味たっぷりに言うと、タエちゃんはニッコリ笑って──


「ううん。違うわ。私は求くんと一緒にいたかったの」


 とか言ってきやがった。俺は思わずキレた。服役中のクソババアとの面会以外でキレたのは初めてだった。手までは出さなかったが、かなりの暴言は吐いたと思うし、イジメもやった。しかし、あいつは笑顔を崩さない。屈託のない笑顔に、俺は発狂しそうになった。しかし俺はもう中三。次の年には大人になるやつだっている年齢。これくらいで終わらせてやろう。そう思いながら始まった一学期中間テスト。俺は本気をださずとも常に一位だった。しかし今回ばかりは本気をださなければならないようだ。やつの中間テストに行われる全国中学校学力調査テストでは全部満点というイカレた点数を出していた。俺も本気をださないとこいつに負ける。こいつは俺に勝てば、屈託のない笑顔は悪意増し増しのしたり顔になる。その確信があったからだ。そしてテストが全て返ってきて、廊下に貼り出された順位……


一位 安山あんさん タエ

二位 潤葉じゅよう 求


 負けた。俺は、人生が終わると思った。イジメ仲間が手のひらを返すのは容易に想像がつく。これまでたまたま一位だっただけで、おじおばももしかしたらスパルタ気質でボコボコにされるかもしれない。そんな恐怖に俺は包まれた。しかし、返ってきたものは……励まし、応援だった。皆んなが俺を応援してくれた。タエちゃんも、おじおばもだ。俺はこの八年間ですっかり疑心暗鬼になってしまっていたようだ。そうだよな。本来人という生物はこういうモノだ。生まれた環境がおかしくて気づくことができなかった。俺は、この環境に身を委ねて甘えて生きていこうと思えた。……これが、私の最盛期の話。この頃ほど楽しい生活はなかった。同じ日記帳に書いていたのだな。可愛いやつめ。ん? 二番手だけどハッピーじゃないかって? そうだな。次の日記を読んでもらえれば私が二番手でどうなってしまったかよくわかると思う。私が語るこの場所が、どこなのかもな。

XX18年同月同日

 社会人となった私は、タエと結婚した。子どもは、当然優秀だろうと期待されていた。しかし、私自身は相変わらず職場でも二番手だった。業績トップになれない私に憤慨したのは、他でもない実の母である。アレを実の母だとは思いたくない。しかし、確かにその汚れた血は私にも子どもにも流れているのだ。それがたまらなくなった私は、自殺未遂をした。そんなもんだから、私は精神病棟に捕えられた。ただ灰色の壁を見つめる日々。あまりに苦痛だった。自傷できないように自由が奪われるばかりではなく、食事もタエの作る美味いものではなくゲロまずのすまし汁だけだった。しかしそれも次第に落ち着き久しぶりの家に帰ってきた私を迎えたのは尊敬するタエときっと優秀にすると天に誓った息子ではなく、空き地だった。初めは夢だと思った。こういう夢はよく見るのだ。だから一度公園のベンチで眠った。起きてまたその場所に行くと、やはり家がなかった。急いでタエに連絡をするも、電話番号が変わっているようであった。もういい。守るべきモノは全て失った。こうなったら世界で一番人を殺した存在になってやる。……そう誓ったこの日から、私は政治家となり、戦争で自国民も他国民も大量に殺すつもりだった。結果? 次の日記でわかるさ。

XX50年同月同日(壁に血で書かれていた)

 コロシタニンズウ【ヨンセンマンニン】ショセンハニバンテダワタシハイツモソウダスベテノロイコロシテヤルカラナ

 私は現在地獄の行列に並んでいる。一歩一歩進むたびに憂鬱になる。自分の書いた日記を見ながら、人生を振り返っていた。本当に中学校が最盛期すぎて戻りたいと何度も願った。だが、どう願ってもそれは無理だった。どうやら私にチャンスはないようだ。中途半端に殺すくらいなら初めから政治家など目指すべきではなかった。

 ……さあ、私が裁かれる番だ。罪はきっと一番重い無間地獄むげんじごくだろうな。そこでくらい、一位になりたい。きっとなれるよな。この世界では殺しの数など目くそ鼻くそだろう。そう思いながら審判を待った。そして、閻魔大王が答えた刑は──


大焦熱地獄だいしょうねつじごくじゃ」


 ……最後まで、私は二番手だった。

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