8月5日 夢か現か

 夢のことを考えていると、どこまでがフィクションゆめで、どこまでがリアルうつつなのか曖昧になってくることが多々あります。私の生き方がおかしいのか、元来夢が持つ力なのかはわかりませんが、このようなことはよくあります。いわゆるうたた寝状態だとこのようなことがよく起こります。学生時代によくうたた寝していたときに見た夢を、今回は語りたいと思います。特定されない程度に。


 あぁ、とてつもなく眠い。なんでこうも学校の授業は退屈なのだろうか。ただただ教師の喋る内容をノートに書くだけの作業。これ、金もらっても文句言われないような気がするんだが。だって、完全にラインこうと変わらないじゃん、これ。まあ、だからと言って眠気覚ましのイベントなんかやらされてもそれはそれで困るけど。なんせ俺はこのクラスに友達がいないから、誰とも二人組は作れないし、会話するだけでも苦痛だし、目に見えて緊張してるのが伝わるしで良いことが一切ない。やはりこのまどろみの中ウトウトしてるのが一番幸せだ。ノートに書いた内容なんかぐちゃぐちゃで読めたもんじゃないと思うけど、起きてから解読すれば良い話だしな。というわけで、せっなくなので眠ってしまうことにする。眠っていても耳に意識を集中させていれば簡単に起きられる。これは、俺が小学校六年生のときに身につけた特技だ。うたた寝くらいならばまだ意識はあるから、耳に意識を集中させることは可能。はあ、夢の世界が見えてきた。いざ、夢の中へダイブ──


わらわ! 大丈夫か」

「ふへ……? はぁ……大丈夫す……」

「ははは! 一番後ろだと横の人しか起こしてくれないもんな。もっとも、起きてなくてもお前なら良い点数を取れるだろうがな。童、今なんの授業をやってるかわかるか」

「ふえぇっと……新幹線は刈り上げだだから、理科の石がなんたらの授業ですかね」

「まあ、そんな感じだ。いくら成績良くても、油断大敵だぞ。さあ、授業を再開する。新幹線は刈り上げだって言うのは──」


 うとうと。また眠くなってくる。こうなったら顔に水でもかけられない限りずっとこれを繰り返すだろう。しかし、二度目はまずい。流石に温情ある教師でもそこまで甘くはない。眠気覚ましに、配られたプリントや教科書に落書きをする。落書きをするなと怒る教師は星の数ほどいるが、俺に言わせれば自己満で与えた物になぜそんなに損壊を与えられるのが嫌なのかって話だ。そんなに自分の理想像である物を崩されたくないのなら、渡さなければ良いのに。とにかく、落書きは眠気覚ましに有効だ。……ダメだ。火成岩とか深成岩とかに落書きできる要素がない。ならばと、俺は机の中から別のノートを取り出した。夢日記だ。教師に見つかったら指導間違いなしの代物だ。慎重に扱わねば。さて、何を書こうか。どうせならさっきのうたた寝で一瞬見えた夢のことでも書こう。どれくらい眠気覚ましになるかわからないが、退屈に授業を聞くよりは幾分かマシだろう。

 教師に起こされる直前に見た夢の世界は確か、まずは空にいたな。当然だ。これからスタートだってところなんだから。見た建物は……現代風のビルもあれば、ファンタジー風の建物、日本文化溢れる建物に加え、遊牧民族の移動できる家もあったな。混沌としている……これぞ夢という感じだ。だが、それにツッコミをいれずただただ書き連ねる。書けば書くほど意味がわからなくなっていく。教師の戯言たわごとをBGMにどんどん書く。順番的に当てられそうになったらノートをしまい、終わったらまた出す。これの繰り返し。しかしあまり出し入れをしていると怪しまれるから、そのうち理科のノートの裏に回すようにした。隣のやつらは俺のこの悪癖を知っているから、チクらないで黙っていてくれる。別に友達というほど親しいわけでもない。チクっても無駄なことを理解しているだけだ。証拠がないからな。このノートゆめにっき以外。しかし、普通に見ればこのノートはただの自習帳にしか見えないのだ。夢日記を書いているページは一ページだけ。重ねすぎて何が書いてあるのかまるでわからないと思われるかもしれないが、実はこれを読めるように細工さいくをしてある。まあ、中学生の俺、ましてや現実の世界でできる細工と言えばペンの色を変えるくらいしかないけどな。俺は自分を天才だと思っている馬鹿ではない。身の程はわきまえている。しかし、やはり成績は良いので天狗になることはある。どれだけ鼻を延ばさずに生きていけるかな。今後の人生で大事になる。夢の世界を見ていると、どうしても自分が漫画の主人公になったようで、うたた寝はやはりやめるべきなのだろうか。しかし、これをやめてしまえば現実の自分に自信が持てなくなり、成績も下がるだろう。うーん、どうしたら良いのか……。


「……わ! 童!」

「あっ、はい、なんでしょうか」

「うたた寝が終わったと思ったら今度は自分の世界に入り浸っていたぞ。一体どうしたんだ」

「後で正直に話します。今話すと授業に支障が出るので」

「そ、そうか……それじゃあお前は帰宅部だから、放課後少し時間をもらおうか」

「それでお願いします」

「では授業を続ける。活火山は噴火すると……」


 放課後、俺は相談室で理科の教師と話をしていた。相談室は何も問題児だけがくるところではない。俺のような成績優秀な人間でも悩みというのはあるのだ。元来相談室というのはそういった子どものための場所であるはずだ。いつから問題児の入る場所という認識になったのだろうか。

 閑話休題、理科の教師とはそこまで親しいわけではないが、どの教師もあまり変わらないからこの教師に話すことにした。


「先生……俺、授業中に寝ちゃったり、自分の世界に入っちゃったりしますよね。あれには実は理由があるんです」

「夢日記……だろ」

「! なぜ、知っているのですか……」

「先生も昔な、お前とおんなじような感じだったんだ。夢の世界に恋人がいて、その恋人に会うのに必死だった。ちょうど同じだよ。先生もそんな感じの症状が表れたんだ。童は、どんな夢を見て、どんな世界を創り上げているんだ」

「混沌としていますよ。俺の大好きなゲームの世界、現実世界、社会科で習った過去の世界、あらゆる世界が融合したいびつな世界です。先生のように目的があるのはとても羨ましいです。夢の中の俺は、ただ自分の力を特に理由もなく人の殺すのに使っているだけですから」

「そっか。夢の中のお前は、人を殺しているのか」

「それだけじゃないんです。明晰夢めいせきむも見ます。それも、悪い方向だけ。ある日俺は同級生を殺す夢を見たんです。その夢を見たのは、ちょうど隣の県の中学校で同級生を殺害する事件が起きた前日です」

「そっか……でも、それはお前のせいじゃない。たまたまだからな。ノストラダムスになった気でいたらいけないぞ。1999年7の月、この世に恐怖の大王は現れなかった。悪すぎる明晰夢なんて見ることはない。だから、安心しろ」

「……先生。悪すぎる明晰夢は見ないと言いましたよね。……前日、悪すぎない悪夢を見たんです。先生が殺される夢です」

「そっか。先生は誰に殺されるんだ」

「ほら、あの俺の列の一番前にいる日焼け馬鹿です。あいつにだけは気をつけてくださいね」

「あぁ、わかった。童の悩みは解決したか」

「はい。ようやく人に話すことができてスッキリしました。もう一度、先生、あいつには気をつけてください」

「ん。わかった。それじゃあまた明日」


 確かに俺の明晰夢は当たらなかった。次の日登校すると、理科の教師は当たり前のように校門前に立っていた。だが、これが現実なのか夢なのか、未だはっきりとしていない。未だうたた寝の状態で見ている夢で、教師に起こされるかもしれないからだ。……ここで起こされるまで何をやっても良いという考えになってはいけない。俺は自分を適度に天才だと思いながら夢の世界を楽しもうと思う。

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