第二章 戸惑いの異世界

8.まさかのもふもふメイド

 祖父の手記をパラパラとめくり眺めてみたが、全てを読み終わり理解するのには大分時間がかかりそうだ。その短い時間で明らかに退屈アピールを始めた真琴の無言の圧力により、読書は今後暇を見て進めるとして、まずは屋敷の中を探索することにした。


「マコの部屋はやっぱりドレッシングルームの隣がいいなー

 起きてからすぐに顔も洗えるし着替えられて便利だもんね。

 お兄ちゃんはその隣か向かいにしてよ?

 同じ部屋じゃないのは我慢するから、ね?」


「好きに決めていいさ。

 自分の部屋があるだけで充分贅沢だから文句なんて言わないよ。

 それにしても広いなぁ、迷子になりそうだよ」


「雷人は大げさね、自分の家なんだしすぐ慣れるわよ。

 本当は一番奥の大きな部屋が主人の部屋ってことが一般的だけどね。

 真琴がドレッシングルームの隣にするなら直通の扉が欲しいんじゃない?

 後は家具もあった方がいいわよねぇ」


 そう言いながらドーンは何か指をクルクルと回している。まあ頭の中でなにか考えているのだろう。真琴も一緒になって指を回しながらニコニコとご機嫌な様子を見せていた。こうして再び二階を見て周り全ての部屋を確認すると、階段を上って右手、執務室の上に位置するドレッシングルームとその他に六部屋、吹き抜けを挟んで反対側には十の部屋があった。


「こっち側の十部屋は全部同じつくりみたいだな。

 シンプルなツインルームでホテルみたいだから客室なのかも。

 知り合いがいないから客なんて来るはずないけどさ」


「でもこれから友達が出来るかもしれないし!

 これだけ開いてる部屋があれば大勢遊びに来てもらっても安心だよね」


「そうだな、友達いっぱい作るといいよ。

 でもおかしなやつに騙されたりしないよう気を付けてくれよな」


 真琴は元気よく返事をして僕に飛びついてきた。腹に角が刺さるんじゃないかと心配したが、真の角はくるりと曲がっているので心配なさそうだ。片や僕の角は、頭上へまっすぐ伸びているのでなにかと注意が必要かもしれない。


 結局一番奥のメインベッドルームはプライベート用のダイニングと言うことにして、僕の部屋はドレッシングルームの向かい側、つまり真琴の部屋の斜め向かいに決まった。それにしてもどこをどう見て周っても手入れが行き届いていてピカピカなのが不思議で仕方なかった。



 次は一階に戻ってまだ見てない部屋を確認してみる。僕たちの部屋がある側の真下に執務室と書斎、その向かい側には応接室が三部屋あり、複数の来客に対応できる作りのようだ。その向こう側には例のバイクが止めてあるガレージ、その先の扉は外へと繋がっているのだろう。


 反対側にはダンスパーティーでもできそうな大ホール、来客用の化粧室、休憩用の小部屋いくつかが並んでいる。廊下を挟んで建物の背中側にはダイニングルームとキッチン、土間のような謎スペース、そして簡素で小さ目の扉がついた部屋が六部屋あった。


 ずらりと並んだ六つの扉を見る限りそれほど広い部屋ではなさそうだが、全ての扉にはそれぞれ御札のような物が貼られていて、なにかを封印でもしてあるかのような不気味さを感じてしまう。


「お兄ちゃんこれなんだろうね。

 猫の絵が描いてあるよ?

 猫ちゃんの部屋なのかな?」


「待て待て、むやみに触るんじゃないよ。

 いかにも何かを封印してそうな雰囲気じゃん」


「じゃあ猫を封印してあるんだよ!

 剥がして見よー!」


 止める間もなく真琴は扉に貼ってある御札をビリッと切り裂いて剥がしてしまった。慌ててドーンに目をやったが焦る様子もなく笑みを蓄えて肩をすくめただけだ。だがその御札を剥がした扉に特に変化は見られず拍子抜けしていると、中からコトリと物音がした。


「誰かいる!? やっぱり何か封印されていたんじゃないのか?

 ねえドーンさん、危険ってことはないんだよね?

 これも爺ちゃんの遺産なの?」


「ごめんなさい、アタシもこれは知らないわ。

 危ないってことはないと思うけど、何かを閉じ込めてあるのは間違いなさそうね」


「じゃあ見てみようよ。

 こんにちはー! 誰かいますかー!?」


 怖いもの知らずもいいところな真琴は、躊躇なく扉を開けて中を覗き込んだ。すると部屋の中には確かに人がいるのだが、たった今目覚めたかのように両手を高く上げて伸びをしている。しかもその頭には角ではなく猫のような耳が有って、お、お尻のあたりには長い尻尾生えていてあちらこちらへとうねっているではないか。


「ね、猫!? これが獣人ってことか!?

 でもどうしてこんなところに、しかもなんでメイド服着ているんだ?」


「かわいー、ねえあなたはだーれ?

 マコはマコだよ、小村真琴!」


「お、おい、十分注意しろよ? 引っかかれるかもしれないぞ?

 もう少し離れて、さあ真琴、こっち戻ってこい」


「ふわあああぁ、あ! 失礼しました!

 ご主人様ですか? 私の名はメンマ、小村家に仕えるよう仰せつかったメイドです。

 ご覧のとおり猫の獣人ですがむやみに引っ掻いたりはしませんのでご安心ください!」


「メンマちゃんね、マコのお友達第一号だ!

 ねえその尻尾も耳も本物なの? 触ってもいい?」


「ご主人様のご希望であれば…… そっとお願いします……

 うにゃ! うくく、にゃにゃあー! くすぐったいにゃあー」


 それまではかしこまってきちんとした印象だった猫耳の獣人は、真琴に触られたせいか本性を出して大騒ぎしながら悶えていた。その姿を見ていると、なんかモフモフしているし僕も触ってみたいと思ってしまったが、一歩間違えるとヘンタイ扱いされかねないので我慢するのだった。

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