第33話 トラヴィス・フィビス式ダンジョン攻略術
「は、が……、が、は!」
毒針の大部分ボス・エネミーの顔面から弾かれたが、口の中に入った数本と顔を左右に分ける亀裂に一本突き刺さり、ボス・エネミー『騒麗霊嬢アンジェアリーナ』は即座にそれらを引き抜いた。
「ぁ゛……、わたくしの名前は騒麗霊嬢アンジェあ゛っ…………!」
そして気を取り直してまた律義に自己紹介をしようとした『アンジェアリーナ』の顔面に今度はトライサプリングの蔦が一斉に打ち据えられて、その先端の毒針が次々にボス・エネミーの顔面に穿たれた。
顔面そのものを剥ぎ取るように殺到する蔦を引き千切りながら、少女の姿をしたボス・エネミーは再び致死レベルの爆音を響かせる衝撃波を自身の足元から放射状に発生させる。
ボスエネミーを囲う無数のトライサプリングは、突風に吹かれる稲穂のように仰け反りはするが、対物・対魔術共に割と頑丈な植物モンスター達はその程度ではダメージは受けず、また更に衝撃波の『音源』であるボス・エネミーの足元に蔦を伸ばし始めた。
「そうお……! ん! れいじょ! アンジェ、アリーナと、申しますわ……!」
自己紹介を遮ろうとする毒針や蔦を跳ね除けながら腕を振り回し、アンジェアリーナはその手の平に茶色く光る円形の紋様(魔法陣)を発現させる。それをトライサプリングの一団に向けると、その手の平の先で轟音と共に爆発が起き、十数体ものトライサプリングが吹き飛ばされていた。その内数体は身体がバラバラに吹き飛んでおり、足元で発生させている衝撃波よりも強力な爆音を一点に集中させているらしいことが見て取れる。
しかしボス・エネミーのすぐ傍に群がるトライサプリング達はその手の平が新たな音源と定め、蔦で的確に狙いを付けて打ち据えようとする。
「知的せいぶ……、つの、探求心に突き動かされ……、自己どうさ……あ゛!!」
絡み付く蔦を振り払いながらまた衝撃波を手の平から発生させようとするが、蔦をいなしながらの射撃なので狙いが定まらず、天井なども含めて四方八方メチャクチャに衝撃波を飛ばすことになり、爆音の派手さ加減に反して植物モンスターの排除はそれほど上手くいっていない。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ダンジョンの核そのものが転じた存在であるボス・エネミーがそのダンジョンのモンスターに襲われるというあまりにもあんまりな光景を、防音結界に潜む探索者達は黙ってじっと見詰めていた。
ドームの壁際にはまだまだたくさんのトライサプリングがおり、ボス・エネミーに吹き飛ばされた傍から奥のトライサプリング達が即座に空いたスペースを埋め矢継ぎ早に魔性の少女に群がった。
ほとんど溺れるように植物とその蔦の中で藻掻くボス・エネミーの小さな手の平が一瞬だけソヨギの視界に入る。その瞬間、ごうんと、突風に吹かれたような轟音が結界内を駆け抜け、トラヴィス以外の全員が思わず身を竦めた。アンジェアリーナの衝撃波の流れ弾が結界に向かって飛んで来たようだ。衝撃波の通り道で吹き飛んだトライサプリング達と防音結界内にも関わらず感じ取れた爆音と風圧は、魔力を感じ取れないソヨギにとっても恐ろしい威圧感を与えるには十分だった。
「この結界が稼働している間は『アレ』の最大出力でも致死ダメージにならないよ」
非常に涼し気な様子のトラヴィスだが、当の結界の製作者であるシズは「そうは言ってもボス・エネミーの直接攻撃はビビりますよ」と顔を引きつらせていた。
……音の波で攻撃するボス・エネミーである『騒麗霊嬢アンジェアリーナ』と対峙するに当たり、音の波を操作する魔法の世界的なエキスパートである『大轟寺シズ』はあまりにもクリティカルな人材である。この邂逅は偶然ではなく、トラヴィス・フィビスによって意図されたマッチングである。
巨大奇光石の破壊によって出現するボス・エネミーは何が出てくるかはわからない。しかし、どのボス・エネミーが出てくるかは条件さえ整えれば操作可能ではないかと言う説が昨今まで根強かった。
そもそもダンジョンの成り立ちがどういうものかを考えてみる必要がある。
世界各地の地中深くに堆積した魔力の塊『巨大奇光石』がダンジョンを形成し地上から巨大奇光石に至るまでの複雑な迷宮を作り出す『地下迷宮無秩序形成現象』。巨大奇光石がどのように形成されたのかとか、何故地上と地中をダンジョンで繋ぐのかのかとか、その理由や正体は今なお不明ではあるが、自然発生したものではなくなんらかの形で『人間の意志』が関わっているのはほぼ間違い無いだろうと考えられている。
理由はそもそもの『ダンジョン』という形式そのものである。古代から天然の洞窟は住居などとして利用されてきた。無論人類は洞窟ばかりに身を潜める状況から、野原に出でて雨風を凌げる『家』を発明するに至るのだが、天然の洞窟が持つもうひとつの側面、『奥に何があるのか?』と想像を掻き立て、無性に探求心を刺激する性質の方を徹底的に強化した建造物の発明も存在する。それがダンジョンである。
そう、元来『地下迷宮』『ダンジョン』などというものは自然天然に存在しない。自然の洞窟が持つ好奇心を刺激する複雑さや不気味さを、人間が探索することを想定してデフォルメされた建造物なのだ。地下迷宮無秩序形成現象によって発生する『ダンジョン』は、冒険小説やゲームに登場するそれらのように、人間がそれなりに苦労して冒険に興じる装置として都合良く出来過ぎている。
その前提の元、ダンジョンが形成される原因はふたつの説に分かれている。『特定の個人なり集団が何らかの方法でダンジョンを製作している』とする説と、『人類総体の意識なり無意識がダンジョン形成に反映されている』とする説だ。ちなみに、トラヴィス・フィビスは後者を支持している。トラヴィスが『人類の意識・無意識説』を支持する理由、というか『人為説』を否定する理由が「世界中の巨大奇光石を発見・製造してそれを魔術の触媒として誘起させるとかいう間違い無く人類史に名が残る偉業を個人なり集団がやっているとして、それでやることが世界中に迷宮を造るとか意味不明過ぎる。まだ、人類総体の意識に触発されたとかの方が理解出来る」とのことだ。
ダンジョン形成が人為的にしろ集合的無意識なり意識なりにしろ、ぼんやりと法則性として捉えられている要素がある。『創作物のガジェットとしてのダンジョン』に類する特性を持つことに加え、ダンジョンが発生する土地の風土や文化に影響を受けている点だ。これは必ずしも絶対的な法則では無いが、そのダンジョンがある国や地域に伝わる怪物や妖怪をモチーフにしたモンスターが出現しやすいという法則が中途半端にあるとされる。ただ、これはその土地の特性がよっぽど濃い場合以外は適応さず、その土地の資源に応じた素材に奇光石の粒を埋め込む形でどこぞかにあるらしいモンスターのリストの中から最適なものが選ばれる、という仕組みのようだ。
1.土地の文化や風土に影響されてモンスターが生成される。
2.モンスターのリストのようなものがどこかにあり、そこから地域や地質に最適なモンスターが選ばれる。
このふたつの法則は、ボス・エネミーにも適応されるのではないだろうかと、トラヴィスは考えた。
過去にボス・エネミーが召喚された例は23件。そして、確認されているボス・エネミーの種類は11種類。全く違う場所に、同じボス・エネミーが出現したケースが数例確認されている。今回ソヨギ達の前に現れた『騒麗霊嬢アンジェアリーナ』は4年前アメリカのテキサス州に現れた個体だ(そのときは英語を喋っていた)(そのときはイギリスの貴族階級によくみられるアクセントの喋り方だったそうだ)。
トラヴィスは、二回以上現れたボス・エネミーの性質とその際の周辺地域や世界情勢を分析し、「どのボス・エネミーが出現するかは外的要因に大きく依存する」と確信した、らしい。
トラヴィスは、『八王子Deep』に『騒麗霊嬢アンジェアリーナ』を狙い撃ちで顕現させるために、他の確認されているボス・エネミーが持ち得ない要素である『騒音』という点に注目した。
最後の巨大奇光石の目前まで攻略が完了した八王子Deepの最後の区画(現在ソヨギ達が居るドーム状の部屋)において、スピーカー付きの蜘蛛型ロボットを潜行させ、定期的に不快な騒音を大音量で鳴り響かせた。更にそれによりフロア内のトライサプリングの大群が呼応して一斉に動き出す。巨大奇光石の収められたフロアの中で、騒音がフロア内に動的な変化をもたらし続ける既成事実を作り続け、『騒音』が巨大奇光石周辺にもたらす影響力を高め続けた。
それに加えトラヴィスは、巨大奇光石が鎮座するフロアだけでなく、『地球』そのものにおいても『騒音』という概念の絶対性を高める必要があると考え、世界的に有名なストリーマーに出資し、全世界のストリートピアノで初心者未満の非常にたどたどしい演奏を同時多発的に実行させ、その映像に『#Is the piano noise?(ピアノとは騒音なのか?)』というタグを付けて全世界に拡散。それにより、騒動から今日の探索が行われるまでの約一週間、メディアまでも操作し日本や世界においてピアノの騒音の話題で日本や世界中が盛り上がるように働きかけ続けた。
ダンジョン探索のためにピアノの騒動を起こしたと悟られては計画の純度が落ちると考え、トラヴィスは現状資金面で計画に関わっていたと明かしてはいない。ソヨギも、この話を内密にする条件で聞かされたのが2日前で、大変に驚かされたのだ(ちなみに、何故ピアノなのかとトラヴィスに尋ねたら、「ストリーマーの〇〇〇〇〇○に良い方法は無いかと相談したら唐突にこのプランを持ち込んで来た。ピアノを選んだ理由は見当も付かないけど面白そうだったからそのまま任せた」とのことだ。多分トラヴィスは、ピアノが弾ける側の人間なんだろうなとソヨギは思った)。
ダンジョンや巨大奇光石が人間や地球の状態に呼応する存在だと仮定するならば(トラヴィスはそれらを『Ultra-Terrestrial/超地球的存在』と呼んでいた)、ダンジョンが最も新しく創る箇所になる『ボス・エネミー』は外的要因に大きく依存し影響を受けるのではないかとする仮設の元に今回の探索チャートがデザインされ、結果として仮説は証明され、トライサプリングの群れに群がられる『騒麗霊嬢アンジェアリーナ』という絵面が完成してしまっているのだ。
○:計 画 通 り
○:敵ながらヒデェや……
○:トライサプリングの集団でうねうねしてる姿が想像以上にキモい
○:※集合体恐怖症視聴注意※
○:『RPGのボスが喋っている間に攻撃すれば良くね?』を実際に実行するヤツがあるか!
○:あの、これ触手プ(自主規制)
○:つか、なんでボス・エネミーは出現と同時に自己紹介を始めるの?
○:不明
○:アンジェアリーナが出現したときの自己紹介は4年前にアメリカに現れたときの文章がそのままネットで読めるぞ。多分今回も同じ内容を喋ってる
音の鳴る場所に向かって自動的に攻撃する性質の植物性モンスター・トライサプリングに群がられ蔦を巻き付けられながら必死に抵抗するボス・エネミーの姿に配信動画のコメント欄は大変な盛り上がりを見せていた。
トライサプリングはただ音のする方を反射的に攻撃する性質しか有しておらず、その対象がなにかを判別しようとしていない。生き物を毒針で倒し、そのまま死体が土に還りその養分を脚を兼ねた根で吸収するために自動的に動くだけだ。ダンジョン内のトライサプリングを出来るだけ生かしたまま巨大奇光石を破壊するチャートを構築した理由は全てこの構図を完成させるためと言っても過言では無い。
「……とは言えトライサプリングの数も少なくなって来たね。そろそろこちらからも攻撃を加えよう」
そうトラヴィスが呟くと、アイビーはソヨギの方を見て『お借りしますね』とソヨギの槍に手を添える。ソヨギがそのまま槍を渡すとアイビーは結界の端まで移動し他メンバーと距離を取る。
「結界から外に出ても少しの間は大丈夫ですわよね?」
槍を振りかぶり投げるジェスチャーをしながらアイビーはシズに尋ねる。
「イヤホンに仕込んだ防音魔法に魔力が吸われると思いますがそれさえ気を付けて貰えれば。でもアンジェアリーナの手の平から出る衝撃波は直撃すると身体が吹き飛びますから即結界の中に避難して下さい」
「わかっていますわ」
返答するシズの方も手の平をアンジェアリーナ(に群がるトライサプリングの大群)に向け、なにやら狙いを定めているようだ。
「魔力検知でボス・エネミーの位置を表示。アイビーとシズの攻撃対象を視界にタグ付けする」
ソヨギの視界にも、トライサプリングの中に埋もれるアンジェアリーナのシルエットが表示される。それと同時に、アンジェアリーナの頭部に被さっているトライサプリング数体の姿も輪郭線で強調される。
「オリザの攻撃でこちらも動く。オリザ、好きなタイミングで始めてくれ」
「わかりました」
返事をするとオリザは松明を高く掲げてゴーグルの拡張現実越しにターゲットに視線を向ける。
「メルト・ハウザー!」
叫ぶオリザ。
それと同時に、複数個の赤黒い球体が花火のように松明の先端から上空に飛び上がり上空でピタリと停止する。いや、厳密にはそれは停止ではない、弧を描きボス・エネミーに向かって落下する直前なのだ。
「ブラスト・ガン」
結界の外に広げた手の平だけ突き出しながら呟く大轟寺シズ。
叫んだとほぼ同時に、アンジェアリーナの頭部(と思しき)辺りに居たトライサプリングの数体が弾けるように跳ね飛ばされた。
ブラスト・ガン、衝撃波を発射して攻撃する魔法だそうだが、音の波の広がりを直線にのみに限定することで、周囲に音を立てずに射線上の相手にのみ衝撃波をぶつけることが可能らしい。
シズの衝撃波により吹き飛ぶトライサプリングを確認してから、少し離れたアイビー・エヴァンは小さく助走を付けソヨギの槍を投擲した。そしてすぐさま結界の中に身を投げる。
ソヨギの槍はシズによって吹き飛ばされた場所の近くに居たトライサプリングの一体に突き刺さり、黒ずみながら硬直した。
……槍投げの役は完全にアイビーにお株を奪われた形になったソヨギだが、事前に練習していたアイビーが明らかに身体能力も槍投げの成績も上回っていたのでまぁ妥当な役割分担である。
「マジック・ショット!」
そして続けて魔法を放つトラヴィス。先程も使った魔術効果を妨害する魔法である。
トラヴィスの杖から放たれた青白い球体が、トライサプリングが排除され外部に露出したアンジェアリーナの頭部で弾ける。散々周囲の植物モンスターから叩き付けられた蔦によって、アンジェアリーナの顔は若干ひび割れているように見えた。
しかしその一瞬見えた顔も、すぐさま爆炎で覆い隠される。ドームの天井近くまで放り上げられた赤黒い球体群(オリザの攻撃魔法)は、水滴の落下のように流線形でアンジェアリーナに向かって落下。そのひとつは魔性の少女の顔面を抉るように着弾し、そのまま大爆発を起こした。
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